日本の近・現代史

2023年9月12日 (火)

民衆は忘れない

20210511150318269656_03b5dfc36cb884a9a56  『日の丸は見ていた』の続編である。少国民とは戦中の国民学校の小学生のことである。櫻本のこの本は、戦時下の少国民の文章、戦時歌謡、戦中詩へと話が進む。彼は幼稚園を経営していた経歴もあってか、児童文学者が徹底糾弾される。櫻本を含む少国民の怒りが爆発しているのである(p202)。特に、「大人は適当な言辞を弄して少国民を錬成し、少国民はひたすらその言辞を信じて、『大君の辺にこそ死なめ』と煽動された。そんな大人の先頭陣に、少国民詩の文学者が位置したことを忘れてしまったら、少国民よ、浮かぶ瀬もないだろう」(p248)と訴えて、「少国民詩の呪縛力は、その頂点で、『後につづけ』全員特高隊員である、というおぞましい正体を露呈した」(p275)と解明している。音楽の教科書などにも、戦争協力した山田耕筰、堀内敬三、信時潔、中山晋平、古関裕而等の作曲家が記憶されている。現代では、阪神と早・慶大の応援歌はその例である。気持ち悪いとしか言えない。戦前も戦後もなく継続しているのである。ビッグモーターと損保、ジャニーズ(吉本興業)とマスメディアとの癒着は、当然の如く、剔抉されていないのである。戦後の経済成長も、ある意味では、世界情勢の特異性もあって特攻精神で実現したとも考えられる。戦後の戦争責任はその下で曖昧とされたのである。
 政治分野でも然りである。自民党の二世・三世議員の跋扈によって、相変わらず収賄、殺人、便宜供与など、戦前の政党政治の腐敗は天皇制ファシズムとして敗戦を招き、戦後もそれが継続しているのである。将来の世代に何の責任を取らないことに怒りさえ覚える。余りにも腐敗と退行のために、最近はニュースも新聞も聞いたり、開いたりする意欲が減退し、自分のなすことに集中するようになっているが、これではならないと思い直す始末なのである。宗教分野でも同様なのだが、真の野党勢力の奮起を期待したいものである。その際に重要なのは、些末な差異に拘泥することなく、統一戦線を組むことである。そして、戦線内の相互非難をしないことと、民衆を鼓舞することなのである。

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2023年9月 5日 (火)

自己を裁断できるか

41qtxgujcwl__sx373_bo1204203200_  休日の一日、午前は読書していたのだが、部屋の温度は、冷房なしで30度を超していて汗だくであった。やむなく昼食後は午睡に突入して、爆睡状態が続く。体力が落ちたものだ。
 櫻本の『日の丸は見ていた』では、日本本土の初空襲によって殉職した少国民をめぐる記述から始まり、詩人(文学者)の責任追及と乳・幼児集団疎開まで展開される。特に目を引いたのが文学者の羅列であった。前回のブログ記事以外にも、武者小路実篤、野口雨情、草野心平、サトウハチロー、高浜虚子、佐々木信綱、室生犀星、中村草田男、土屋文明、村岡花子、金子光晴、石坂洋次郎、佐藤春夫、亀井勝一郎、柳田國男、小林秀雄、清水幾太郎、三木清、吉川英治、久松潜一、三好達治などが列挙される。これらの著名文化人は、私の小・中・高の国語教科書でも標準的に学んだ文学者であり、戦時中の彼らの著述を探索すると、ゾッとする感慨である。久松潜一など、彼の角川書店の国語辞典を長年愛用していたものである(旧仮名遣いが併記されていて至便だった)。1960年代は、今から考えると、戦後20年程で明治・大正生まれの人々が存命であって、戦争の感覚はまだ人々の日常にあったのである。実際、幼少期の自分は、炬燵で寝ころびながら「のらくろ」の戦争漫画を楽しみ、「戦友」のテレビ番組を興味津々に視聴し、戦艦武蔵のプラモデルを製作して兄の月刊『丸』を盗み読みをしていたのである。人々は生きるのに必死の思いの時代であったが、幼少の自分は牧歌的に育っていたのである。
 ところで、戦時中の櫻本少年は、他の「少国民」同様に、立派な皇国少年だったのである。小学四年に『朝日新聞』長野版(1943年、昭和18年)に、「山本元帥をしのんで」という愛国作文が掲載されたとの事である。「当時はそんな時代だった」という言い訳は、多少は理解できるが(恐らく、自分もまた皇国少年になっていたことだろう)、それをもって被害者面をして居直ることは罪悪なのである。櫻本はさらに、「問われなければならないことは、そのような戦後を黙認した私たちの責任である」(p225)と裁断している。彼は健在であり、その問題をライフワークとしているようである。動画(家永三郎が最後の方で登場する)もブログもある。

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2023年8月22日 (火)

「新しい戦争責任」

2023081706270000  酷暑である。清掃のおばちゃんが「昔は30度を超すことは滅多になかったのに、今は35度が当たり前になって弱ったもんだ」とタオルで汗を拭っていた。実際、蝉の鳴き声は少ない。野菜や果物の生育が不順である。物価とガソリン価格の高騰する中、政府は原発汚染水放出やミサイル共同開発を国会の審議もなく専断している事態なのである。戦争の足音がひたひたと聞こえ始めているのである。
 家永三郎は、その著書の中で「元来日本人には理想なく強きものに従ひ其日々々気楽に送ることを第一とするなり。・・・斯くして日本の国家は滅亡するなるべし」(p285)という永井荷風の日記を取り上げている。戦後の国語教科書でも、北原白秋、高村光太郎、与謝野晶子、斎藤茂吉、釈迢空(折口信夫)等の詩歌で彩られている。絵画や音楽の世界においても同様で、戦争責任など毫も触れられていない。後年それを知って、なあんだと呆れかえって失望したものである。戦争責任は戦後一貫として追及されていないのである。戦犯が日本の首相になり、靖国神社に合祀されて崇拝されるという無責任なのである。家永は戦争責任論を展開する過程で、同時に教科書裁判をも闘った自由主義者である。注目すべきは、戦後世代は戦前世代の生理的・社会的遺産を相続している訳だから、戦前世代の行為から生じた戦争責任を自動的に相続している(p309)という家永の持論である。敗戦から80年弱となって戦争体験者は鬼籍に入り、二世・三世の政治屋の政権による戦争国家化が加速しているのである。
 第二に、家永の戦争責任論は、「自虐史観」という俗論とは異なって、アメリカや旧ソ連の連合諸国の戦争責任をも論じているのである。日本国内に未だに米軍基地があり、アメリカの核の支配下にあって空域もまた米軍に占有されているのである。治外法権が当然視されて独立国とは言えないのである。米大統領が米軍基地から出入国することからも、アメリカの属国とみても間違いない。このことこそ「自虐」なのである。アメリカの世界支配戦略に追随していることは、「新しい戦争責任」をも現出することになるのである。それでなくとも、日本の特異的な経済的発展は、朝鮮戦争とベトナム戦争によって支えられていたのである。

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2023年7月 4日 (火)

戦争(敗戦)を忘れる時代

2023070207470000 田植えと補植・植え直しも終了して、後は水管理と除草である。半作である。半農半Xと出来る限りの無農薬・無化学肥料・草生栽培の試みは進捗しているが、これがなかなか野菜や稲の苗が上手く育つとは限らないので、草勢を調整しながらのぐうたら農法である。先日は、隣の畑のおじさんに「そんな草だらけでは無理だ」とダメ出しされたが、慣行農法に翻意するつもりは全くない。なぜなら、カネはないし手間もなく、SDGsの(人間の開発目標という)観点からでもなく、唯々自然環境に悪いからである。しかしながら、この農法は、強制的ではないため、実りの不揃いや虫害が出やすいのがデメリットである。これは土壌の開墾とコンパニオンプランツなどで対処する他はない。
32450461  この本を繙読しての感想は、敗戦によって揃って「ほっとした」という感慨が多いことである(p74、90、159)。これは解釈が必要である。皇民化教育の中での侵略戦争遂行が終了したために、安堵の気持ちは理解できるが、ことはそれで終わらないのである。侵略された側は解放の歓喜な気持ちであることや、戦争が終了したための安堵の気持ちは即自的には理解できるが、事態を対自化する必要があったのである。終了したのではなく、日本国と日本人は負けたのであるという根本的反省が必要なのである。そうでなければ、自分は被害者であるという意識のままなのである。未だに「敗戦記念日」を「終戦記念日」などと欺瞞の中にあるのはその典型である。1980年代から始まった加害の歴史化が、1995年をピークに、新自由主義の潮流と共に第二の戦前へと傾斜が始まっているのである(『戦争体験刻む』p72、希少なことに、殺戮の証拠の生写真が掲載されて必読である)。先の本の中で一つ念頭に残ったのは、「安堵とか、戦争が終わって良かったというのは後からくっつける言葉なんです。」(p31、清川妙)という文章である。それは「終戦」という言葉に象徴されている。平和という言葉は、宗教思想の政治化に伴って、統一協会を始めとするカルト宗教も掲げているのである。現代は「戦争を忘れる時代」(p155、羽田澄子)であり、今以て伊丹万作の「国民(日本人)の奴隷根性」は健在であり、カルト宗教はそれに付け込んでいるのである。

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2023年3月20日 (月)

『世代の昭和史』の感想メモ

34390982 春の陽光に誘われて、梅の木が八分咲き、山茱萸が開花して水仙がグングン葉を伸ばしている。そんな春の萌芽の中、時々、気休めにNATARSANのフルーツ紅茶を飲んでいる。これがとても自分の嗜好にマッチしない。微妙な感想である。息子の欧州旅行の手土産である。その香味に連れ合いが放置したもので、もったいないので「生けるゴミ箱」である手前が消費している。ネットを覘いてみると、イタリア・トスカナ地方のオーガニック(有機)特産品らしい。バラの実とカルカデ(ハイビスカス)が主原料のハーブティーらしく、酸味があるので、蜂蜜との相性が抜群らしい(牛乳の混合は不可)。そのまま煮出しして楽しもうとする手前が愚かだったのである。
 もう一つ、『アリの一言』を閲覧すると、政府(権力)に対して記者たちが拍手したということである。さもあらん、権力の監視役、社会の木鐸という職業倫理を放擲し、ひたすら記者がキーボードを叩いている政府会見場をテレビ放送で目にすることが多い。まさしく、「この国のメディアは死んでいる」のである。
 閑話休題、『世代の昭和史』である。著者の保阪は小国民世代に微かに入る作家であるが、基本的に戦争要員世代に同情し、小国民世代に共感しているのが基調である。大正(特に10年以降の)時代に出生した戦死者は全世代のそれの87%である。侵略戦争の犠牲者となったのである。通読しながら疑問、疑念を抱いたこと。①東條(戦争遂行世代)だけが悪いのか。司馬の写真を入れ込んで、戦争要員世代を代表させるのには違和感がある。司馬は本当に戦争遂行世代への怒りを体現し、明治の世代を指弾したのだろうか。「明治の栄光」を小説化しているが、その時代に反戦・非戦を貫いた犠牲者への畏敬があるのだろうか。②天皇と国民を一体化した教育が強烈に推進されたのだが、教師批判・非難だけでは一面的ではないか。なぜ天皇制批判にまで及ばないのか。まだまだ不十分と思わざるを得ない。元々、日本は資源が乏しい国であり、近現代の戦争などできない国なのである。③また、「反対するには遅すぎた」論は欺瞞である。それならば、なぜ反戦・非戦の人士は多くいたが、戦後の教科書ではわずかに触れるだけで、彼らの名誉回復すらがなされていないのか、と思うのである。  

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2023年2月 4日 (土)

あの戦争の教訓

33480033 あの戦争は、昭和天皇の優柔不断と軍部・政府の独走、それに国民の熱狂との三者の共犯関係で成立していた、と分析している。現下の東アジア情勢も、天皇の政治権力は失墜しているが、国会という立法権力も追随して、戦争の条件は相似している。
 日露戦争においてカツカツで勝利したのだが、第一次大戦では協商側についた大日本帝国は、中国や南洋へと版図を拡大して、中国侵略の足掛かりを掴んだのである。成田龍一は、大正デモクラシーに注目して、政党政治の成立と帝国主義的侵略という錯綜した時代において、前半期に隆盛した民本主義が、「(対華二十一箇条要求について)吉野作造でさえ、『だいたいに於て最小限度の要求』」と主張していたと開示している(『大正デモクラシー』、p61)。近代化の過程のなかで国民国家が飛躍的に促進されたのである。大門正克は、「大正デモクラシーの時代は改造の時代であった」(『明治・大正の農村』岩波ブックレット、p52)と分析している。国家の改造、国防の改造、財政の改造、教育の改造、家族の改造など、どれ一つ取っても左右翼のせめぎ合いの時代である(右翼勢が勝っているため、差別排外主義が跋扈している)。後期には、労働・農民運動が拡大してゆくのだが、1925年の治安維持法によって戦争への趨勢は決定したと見ても過言ではないだろう。明治以来の学校と軍隊は、その決定に資するものになったのである。エリート層、都市住民層ほど熱狂していたのである。それは政府関係者や国会議員の発言などに頻繁に聴かれるものである。これにマスコミと芸能界が加算される。いわく、(核)抑止論と差別排外主義である。これらに対する反論が重要な論点である。他にもあるのだが(教育と農業である)、戦争勢力が主張する論点での核心点はこの二点なのである。抑止論によって軍部の増長があり、いざとなれば人々は飢餓状態となるのである。現今の物価上昇はその兆しである。
 とどのつまり、ウクライナ戦争に乗じた国防論議(抑止論)を徹底的に排斥し、差別排外主義に抗することが重要なのである。俳人・金子兜太は、その遺言とも言うべき著書の中で、松本連隊が派遣されたトラック島の経験を記述しているが、戦争は結局、餓死となり、残虐の非業の死だけなのだと断言している。彼は、自己防衛に走り、現実に妥協して(p158)憲法すら拡大解釈で空洞にする、戦争の実体を知らぬ勢力を終始批判している。加えて、「大きな権力に便乗して自分の鬱憤を晴らそうとする人たち」(p36)の登場を許してはならない、とも警告している。渡辺白泉の「戦争が 廊下の奥に 立ってゐた」という俳句が、卑近に感じる時代なのである。

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2022年12月 2日 (金)

防衛論議のアホらしさ

34334660 何で今頃になって、この新書が再刊されたのか分からない。戦記物として文庫から新書で再刊されるのは、稀有と言わねばならないだろう。いずれにせよ、以降再版されることはないと思われる。戦後77年も経過して人々の記憶は薄れ、防衛費倍増を岸田内閣はうちだして、早速財源問題に終始しているようである。政府は既にウクライナ戦争への賛意表明をして、戦争に加担しているのであるから、より一層の戦争構築への企図(戦争国家化)と断じなければならないだろう。尖閣諸島の領有問題を除けば、中国との政治・外交問題は、ほぼないのである。つまり、中国と戦争する必要性は全くないのである。台湾(帰属)の問題は中国人民の問題である。にも拘らず日本政府は、南西諸島の軍事基地化を推進して、結果として沖縄を戦場化する目論見である。対基地ミサイル先制攻撃の構想があるようだが、(国会審議もなく、憲法違反の)米国製ミサイルを導入しての閣議決定は、原発54基のあることから、一瞬によって日本列島が焦土と化すのは目に見えている(ウクライナ戦争以上に、悲惨を極めるだろう)。また、日中共同声明によって対日戦争賠償請求権を放棄した恩義もあるのである。さらに、米国も畏怖する軍事大国中国と戦争をして勝利できるとでも思っているのか。中国敵視の軍事力増強は、第二次日中戦争の契機ともなり、何ら権益に資するものではないのである。尤も、共産党主導による強権的な中国政府に賛同している訳でもないことは、言わずもがなである。
 さて、『松本連隊の最後』である。歩兵150連隊の南方出征から敗戦までの記録であって、私見で断定しない、戦争賛美しないという著者の二大方針に従って、調査と聞き取りで構成された戦記である。それは戦争体験した作者にとって〈わが青春の墓標〉でもあった(p429~430)。概要は東洋経済ONLINEでも取り扱われている。要は、無謀な太平洋戦争の実相記録である。この本の解説者であって、実際に中国への従軍体験のある故・藤原彰氏が記述したように、「戦争が庶民にとって、名もなき兵士にとって、何であったかを正確に記録したものは多くはない」のであって、「犠牲者の大半が、戦闘行動による戦死ではなく、水死、病死、栄養失調死、餓死であったという事実」(以上p452、これこれを参照。これも)を知らねばならないのである。だから、政府・防衛省や歴史修正主義者による防衛論議など、アホらしいのひと言である。パンドラの箱に唯一残っていた希望すら失ってしまうからである。
 

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2022年9月 3日 (土)

平和は創造するものである

07490846 『「日本」ってどんな国?』を斜め読みすると、その資料・データから如何に日本という国家が衰退していることが分かるというものだろう。しかしながら、衰退は大いに歓迎であるという立場である故、別にどうというべきこともない。自分が日本人であろうと、アメリカ人であろうと、中国人であろうと、ましてや国際的に(国際という言葉には不信感を抱いている)嫌悪されつつあるロシア人であろうと、どうでもいいことである。ここでも多くの日本人と見解が相違していることは自覚している。それで文芸春秋ムックの『戦争と日本人』である。思春期に読書の鬼と化し、昼休みと放課後に図書館に通い詰めた日々において、文学や哲学・思想の叢書を読破していたのだが、合間に読む雑誌は『文藝春秋』ではなく、『世界』や『展望』、そして『朝日ジャーナル』だった。当時、『文藝春秋』は唾棄すべき「良識ある大人」が読む雑誌であって、錚々たる右派文化人が寄稿していたのである。例えば、海軍上がりの阿川弘之や司馬遼太郎や田中美知太郎を覚えている。振り返れば、『文藝春秋』は昨今の右翼雑誌群と寄稿人士が重複しているのである。だから、時々瞥見する程度だったのである。彼らは戦争を遂行し、戦後も領導した連中であって、「神社本庁」や「日本会議」に蝟集しているのである。そして例の悪名高い統一協会(キリスト教会と全く関係のないカルト協会)と野合してきたのである。だから、社会の肉瘤たるアベの国葬には絶対反対なのである。政教一致の憲法違反はさることながら、失政を極めて国税を簒奪した悪党の国葬なぞ、笑止千万である。
 さて肝心なそのムックであるが、その山本五十六は「ずるくなくちゃ、国際的交渉は出来ないよ(笑)」(p11)と結局軍人としての自己に恃んでいる始末である。近衛文麿は、西園寺公望を自由思想家などと心酔しながら、政治的に軍部に追い詰められた無能である。また、国際連盟脱退を主導した松岡洋右は、その後「静養、静思、沈黙。これが現在の私の一切なのである」(p18)と戯言を弄しながら、「満蒙は日本の生命線」と称し、実際に満鉄総裁や「松岡外交」によって中国に介入して侵略戦争の道を拓いているのである。読んでいても気持ち悪い。文藝春秋にしても、記者としての批判精神が全く欠落している。呆れた連中である。多くの日本人が誤解しているように、平和を実現するためには、日本の被害に拘泥してばかりでは覚束ないのである。さらに平和は守るものではなく、創造する(政治的に勝ち取る)ものなのであることを再認識しなければならないのである。カルトの統一協会ですら「平和」という言葉を弄しているのである。国葬や憲法改悪や防衛費増大などと唱える右派勢力のように、覚悟もなく呑気に構えているようでは戦争は繰り返すのである。
2022090206020001_20220904175201  稲の受粉は終わり、稗取りとすずめ対策の段階である。東北と北海道地方は大雨の影響でリンゴや稲の被害は如何ほどだろう。心配である。当地では桃の収穫も終え、葡萄の採取時期となっている。これに稲の収穫が続く。6月中旬の田植えなので、9月中旬に落水して10月半ばに収穫となろう。稲穂の状態を見ながら水管理に専念しなければならない。農業は底の浅い怠惰な右ねじの人間には務まらないのである。

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2022年7月16日 (土)

現況の問題点

2022070317500000  参院選挙が終了した。与党の大勝である。物凄い戦争国家化であり、憲法改悪への道筋が立ったと言うべきである。戦後77年にして、この様(ざま)である。覚悟もない愚かな一部の国民がこれを選択したのである。アベ狙撃事件をして「民主主義への暴挙」という論調があるが、これは全く当たらない。アベ(だけでなく自民党)と統一協会との関係が浮上しているが、これは50年以上前からの因縁である。当時から原理研との闘いは、希望を抱いた大学入学者にとっては、悪魔との闘いとして喫緊な課題だったのである。隠然として、合宿への勧誘、ニセ大学新聞への加入・支払い、霊感商法・献金、家庭・家族崩壊など、洗脳が問題になっていたのである。その結果、自民党などの政権政党への影響と癒着と支配が浸透し、反共主義の協会方針が自民党の憲法改悪案と相似しており、アメリカ帝国主義よろしく、まさしく、政教一致の憲法違反となったのである(憲法第20条)。マスメディアの腐敗も戦前の歴史における教訓となっているのだが、これは最も重要な一つの指標であるが、看過されているようである。スマホの普及化によって、国民を分断して支配しているのである。そしてこの間の政教一致である。
 人知れず、急速に、何の検証もなく物事が進展している事態に対して、人々はその危機を感得するべきである。それは思考を奪われた保守の側でも同様である。人と人との心を通わせた会話は殆どなくなり、功利的で事務的となっている。都市はそれが当たり前になっている。テレビは国民の生活に関心がなく、つまらない会話やニセの笑いが溢れ、答えが初めから用意されている(画一化)。都市は無反省にビジネス志向が謳歌して、個人の思いは委縮している。都市の電力が、地方の収奪によるものであることも忘却している。また、そうした総合的視野をもった教育もなされていないのである。地方においても、学校教育は地域振興の為には何の役にもなっていないのである。教育は、中央集権化して連綿と地方を収奪することによって成立しているにも拘らず、立身出世と私利のために、医学部や東大(慶応大)志向に集約しているのである。自己の確立を放棄した人間が、国家権力に飼い慣らされているために、(高学歴な人間ほど)戦争に歓喜しているである。この事態が何となくおかしいという疑念を抱くべきなのである。この感覚なければ、ただ単に監視されるということだけでなく、加速するAIやBTによって、すべてが人類(ホモサピエンス)の改変と終焉から地球消滅へと向かう懸念があるのである(岡本祐一朗『いま世界の哲学者が考えていること』、『哲学と人類』など)。

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2022年2月20日 (日)

戦中派エリートの限界

31840595  少し関心があったので、『血にコクリコの花咲けば』と、『手記ー私の戦争体験』を併読してみた。ともに図書館の廃棄(リサイクル)本である。前者の著者(1923~2007)は経済学者として高名であり、遠藤周作司馬遼太郎と同世代の戦中派である。山田風太郎もその一人である。森嶋通夫と司馬は学徒兵として出兵し、遠藤と山田は浪人生活のまま肋膜炎のために入隊を免れている。
 さて当該の森嶋の著書であるが、彼の生き様は反皇国史観と反マルクスという「意地」(principle)の塊である(単行本p16~17)。換言すれば、完全なる個人主義者であり、戦時の国体明徴の時代にあって、日本の閉じられた社会(天皇制軍国主義体制)に対して反抗したと思っていたのである。しかしながら、なぜ徴兵に応じるのかという問いに対して、彼は、「学問内の戦いは国民の誰もが背負うべき一般的義務(兵役の義務)をまぬがれて戦われるべきではない。だから私においては従軍と『学問的反戦』は両立していたのである」(p103)と誤魔化している。学問的反戦とは何なのか。この出版にあたって、編集者から「なぜ反戦運動が起らなかったか」について記述の要請をされていたのである。明治憲法において、国民の義務は兵役と納税の義務であり、国民の権利は、主権が天皇にあって法律の範囲内で認められた臣民の権利なのであった。
 また彼は、「国民の多くが義務だと言われて従軍させられているのに、自分たちだけが忌避するのは背徳的であるから、私たちは義務を果たしただけに過ぎない」(p267)とも言い訳している。だから彼は、明治中期以降や昭和初期における天皇制の凶暴化に対する批判を何度も繰り返して、末尾において、明治期に形成された国体観念と、明治体制に個人のプリンシプルの尊厳と不可侵を明記しなかったことが天皇制の凶暴化を惹起したのであると結論づけている(p278~278)。その見地から、彼は(宇垣)特攻や戦艦大和の特攻を徹底批判しているのであるが、肝心な明治体制そのものへの批判にまで及んでいないのである。そもそも英国王室のような「マイルドな天皇制は個人主義や民主主義と両立」(p278)しないのである。英国王室や天皇制を批判して国民主権と基本的人権の獲得のために、彼以前にあった、血みどろの民衆の闘争史を知らないか、無視しているのである(歴史認識の欠如)。海軍の通信将校としての彼の優遇は、「軍隊外では想像を絶する食糧不足であることをはじめて知った」(p207)という認識の怠惰であり、「海兵団での夕食は楽しかった」(p221)そうで、敗戦日の夕食には酒と赤飯とぜんざいが提供されたそうである(p241)。彼自身が自省しているように、偽善的愛国者(hypocritical patriotism)として戦争時代を生き抜いたのではないか(p243)。そのことはまた、夫人も喝破していたように思われる(p133、268)。

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