温泉・旅行

2016年10月25日 (火)

もがくことの特権

33480772 実は、23日に小海町高原美術館に馳せ参じました。休日のやや遅い朝ごはんを、信濃毎日新聞(地元ではシンマイと呼ぶ)を眺めながら、口に放り込んでいると、美術館の広告記事が目に留まったのである。早速、既に映画を見ている息子の部屋を開けて、誘ったところ、おもむろに承諾されたのである。なかなか言うことも聞かない息子であるが、11時に出発を告げて、18号線と141号線を小海町へと風景を凝視しながら(危ない運転!)スイスイと目ざしたのである。信毎の翌日の記事によれば、初日に1012人の入場ということである。臨時駐車場が設けられ、大阪、静岡、横浜、多摩などの県外ナンバーの車が居並んでいた。八王子ナンバーの優しそうな母子が、仲よく鑑賞に来られているのも目にした。息子とは言えば、そそくさと後ろ鑑賞で、終いには、用意されたソファーでただ親父を待ちくたびれるだけであったのである。しかしながら、驚いたことに、出口でこの「つばさ文庫」を「読んでみるわ」と買い求めたのである。この興行映画はジブリ映画を超える勢いということである。今後公開される「デスノート」もあるが、おそらくこれを超えることはないだろう。なぜならば、女子の人気が付いて行かないからである。愛は人間の永遠のテーマであり、思春期の思いは人々に強烈で複雑な感情を呼び起こすだけでなく、現在進行形の青少年にとっては燦然と輝いているのである。だから、草臥れたおやじやおばさんには忘却した世界なのである。「世界がこれほどまでに酷い場所ならば、俺はこの寂しさだけを携えて、それでも全身全霊で生き続けてみせる。この感情だけはもがき続けてみせる。・・・納得なんて一生絶対にしてやるもんか。・・・俺は最後のもう一度だけ、大声で夜空に叫ぶ。「君の、名前は?」」(p209)という世界観である。人生にもがくこと、・・・あたりまえに生きること(p247)は青少年だけの特権である。しかしながら、美術館鑑賞の後は、おじさんよろしく、ヤッホーの湯を愉しんだものである(笑)。やはり、八ヶ岳連峰はおやじを歓待してくれず、乱層雲に隠れたままであったのである(涙)。

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2016年10月 9日 (日)

新幹線で金沢へ

D0043136_23173166 先日、金沢日帰り旅行に旅立ちました。指定されたパック旅行でありましたが、北陸新幹線を試乗してみたいこともあり、兼六園見物も初めてのことであり、金沢市街にも関心もあり、行程に身をまかせながら気儘な旅でした。富山平野を望むと、稲のひこばえ(穭稲が伸びていましたので、刈り取りは9月初めと算定致しました。富山産の新米コシヒカリが出回り始めていることでしょう。金沢平野の田園風景は、酩酊していてよく分かりませんでした(笑)。多分富山平野と同じでしょうが、加賀野菜の生産があると思われるので、幾分か畑が多いと想像しております。果樹は北陸地方でも生産されていますが、柿・梅・梨に限られていて、全国的には後進しているようです。だから、近江町市場では冷涼野菜や果物が長野県産として販売されていました。やはり、海産物が中心のようです。当の私は甲殻類や高級魚には目もくれず、光り物の中では殊更バッテラが好物なので、知り合いの「のどぐろが美味しい」という評判など何の関心もありませんでした。むしろ、北陸まで来て、海鮮丼を食して「マグロ(やウニやイクラ)なんか出すなあ、マグロなんか食いたくない」、と失望してしまう始末です。金沢はむしろ甘党が欣喜雀躍する街のようです。また、「弁当忘れても傘忘れるな」という諺があるように、年間雨日数が80日もあって、天候不順のようです。そのため、市内定期観光バス(金沢以上に観光史跡が多い長野市に定期観光バスがないのが魔訶不思議である。市長と市議会議員の怠慢である)では傘が常備されていて、小雨の中で、貸し出しの傘を貸し出して頂き、長町武家屋敷跡の路地を散策できました。ありがたかったです。街の玄関口と表通りは歩きやすく、疎水と花々が設置されて、観光都市として洗練されていて感心しました。しかしながら、前田百万石は外様大名で、当初は豊臣方に就いたため、徳川方に恭順してから未だに中央政府志向であり、信州を経路として北国街道を参勤交代したそうです。森喜朗を始め、典型的な保守王国であるからして、天徳院のからくり人形上演は興ざめに感じ、後は痛飲するだけでした(笑)。むしろ、冬の金沢の方が趣を感じるかも知れません。地元調達の「金沢おでん」も、身が締まった海産物も豊富で、美味しい時期ですので。

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2016年8月15日 (月)

夏休みの小旅行、大町へ

2u7zqdbdjybwtfm1471229318 息子と黒部ダムまで日帰り旅行をしました。元々、ゴールデンウィークからの企画でしたが、嫁さんは所用があって同行せず、今様の息子が、汚いヨレヨレの親父(笑)と同伴するとは思われなかったのですが、どういうわけか、二つ返事がありまして、二人で早朝に出立いたしました。夜更かしした息子は車中では寝ているだけ。扇沢駅前は満車ということで、途中の有料駐車場からバスに乗り換える時に、やっと目が覚めるという有様です。扇沢駅では、切符売り場前はトロリーバス乗換待ちの観光・登山客で列をなしていました。行列のお隣にいた年配のご婦人は、宮崎からの登山客で、仲間と立山連峰の縦走に挑戦するとのことでした。その割には軽装だな、と思いましたが、この好天気だからなのでしょうか。バス時間待合では、小便と風景を眺めて過ごすのが慣例でして、快晴の青空とカラッとした空気を満喫するのみです。黒部ダム駅ですし詰めにされた状態から解放されて降り立つと、ヒヤッとする程の冷気に包まれ、いよいよ220段の地中階段を登頂します。見ての通りです。これだけのことです。これで二人で往復5140円は高いです。眺望と冷涼な空気を感じるだけでです。関西電力はぼろ儲けですなあ(笑)。堰堤を往復し、レストハウスにて黒部ダムカレー(実のところ、カレーはあまり好きではありませんが)を胃袋に掻き込んで、直ぐに帰途に着きました。
2016081207320000 下界に降りると、ムワッとする熱気を感じて、何かとてもつまらない旅になりました。仕方がないので、行きの道中と同じように、大町市の田園風景をよく観察しました。水田の周囲は補植されずに空間が(ほかの水田では2~3mほどもあるものも)。あれは何の意味があるのか。カメムシ対策か、保水温のためか、とあれこれと考えました。そして次に向かったのは、大町市立山岳博物館です。お目当ての雷鳥は見ることができませんでしたが、雷鳥だけでなく展示物を、丁寧に系統的に、かつ視覚的に剥製や模型などで説明書きされていて、とても勉強になります。入館料400円は安いです。受付の人も好感を持ちました。残念だったのは、併設の動植物園が古びていて貧相だったことでした。動植物が少し可哀想に感じました。

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2016年5月 3日 (火)

雪の大谷での感動

000_1186_1 家族サービスのために、富山県の立山と氷見へ家族旅行に出かけました。早朝に起きて、いざ出立です。白馬から糸魚川・親不知を経て下道を疾駆し、天候を見ながら一日目と決断して立山に直行しました。富山への旅行は約10年ぶりです。高岡にある二上山からの眺望がお気に入りです。あと、海なし県の者ですので、やはり海産物目当てです。マグロがメインでないところがいい。マグロは山盛りで食する沖縄が意外と好もしい。北陸新幹線開通ということで、首都圏からの交通が至便になったため、富山観光は彼らと外国人観光客に対象が変遷したようです。富山平野は、代掻きも終わって田植え前で、鏡のような水田が広がっておりました。庭が綺麗に整えられた黒瓦の屋敷が散在し、幹線道路周辺に工場や店舗が居並ぶ風景が特色でしょう。富山県は、共稼ぎ率と持ち家率が全国有数だそうで、私のような無頼者は住むことはできないでしょう(笑)。こうした風土が保守的な気質を形成しているのかも知れません。それはともかく、立山アルペンルートの立山駅では中国・台湾、韓国などの観光客で賑わっておりました。中国語が殆どで、ハングルなども聞こえてきました。日本人は物静かなのですぐに気が付きます。ケーブルカーに乗車するために、約3時間も待ちました。この間、外国人観光客の様態をよく観察できました。色々な人がいてもいいし、楽しく興味深く窺うことができました。整列を乱すこともなく、日本のルールが守られていることにも感心しました(日本人の方が怪しい)。予め周知されているのかも知れません。彼らに交じって室堂に到着したのは午後2時半頃でした。さすがに天候は陰っていて、暗灰色の雲が覆い、時折、強い雪風吹が全身を襲う天候でした。雪の大谷を散策し、小一時間ほど過ごしました。ターミナルは立錐の余地がないほどでしたが、雪の大谷の引返し点に差し掛かった時、番(つがい)と思われる雷鳥が現れました。真っ白の一羽は反対の雪屋根に渡って人間様を見下してから元に戻り、背中がやや黒褐色がかった羽の、もう一羽が、もとの雪屋根に姿を見せて、二羽とも仲良く消え行きました。ほんの一瞬でしたが感動ひとしおでした。よく、旅行誌やパンフレットに、「雷鳥に出会えるかも・・・」などという文句がありますが、常々「ほんまかいな」と不信を抱いておりましたが、本当だったんだという思いが相俟って、可愛い雷鳥を直に目撃できたことに興奮を覚えました。来てよかったという感慨一入(ひとしお)でした(これも。アベを始めとするこの間の害遊とは異なり、バードウォッチングの楽しさを満喫できます)。

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2013年6月 7日 (金)

北海道考 その2

30563326  次男であった祖父は、日本全国を渡り歩いていたが、「いつまで脛を齧っているんだ」という兄嫁の諫言があって、北海道を目指したのであった。時期は大正年間である。道東は、1907年(明治40年)の十勝線の開通後に開墾が急速に発展したが、それ以前は、依田勉三に見られる如く、大津からの十勝川沿いの囚人道路を使っての開拓だったのである。北海道は、東京を除けば、京都と沖縄と並ぶ三大観光地である。大自然とグルメの魅力は、「北海道物産展」を開催すれば必ず当たることに象徴されてもいる。北海道の開拓は、明治2年(1869年)の勅書に「皇威隆替」という字句に見られるように、天皇制国家の確立と軌を一にしている。北海道は日本の唯一の内国植民地であったのである(p1~2)。

20130529133045 帯広空港は黒川紀章の建築デザインだが、余り興味がない。コンパクトな空港ターミナルであるとは思う。ガチャガチャしていないところが良い。それ以前に感動したのは、着陸前の十勝平野の眺めであった。新緑の季節であり、広い桝目条の耕作地帯は美しく輝いていた。永遠と広がる沃野をただ漫然と見とれていた。

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2013年5月 1日 (水)

戸隠行

20130428142006 子どもが成長して、反抗期に真っ最中で、ほとんど親離れ(子離れ)し、これで最後の家族旅行になるかも知れない。日帰りの、大した旅行でもないが、戸隠奥社に参りました。峨々とした連峰を仰ぎ見ながら、何とか雪道を踏みしめて登りきりました。ゴールデンウィークのために、善男善女が列をなして多少興ざめの感がありましたが、杉木立を眺め、野鳥の鳴き声を耳にしながら行程を楽しめました。途次、「ダッコ、ダッコ」と泣き叫ぶ幼児を、若夫婦が窘めながら懸命に息子を励ます様子に破顔しました。こういう時期もあったなあ、という親の感慨です。岩戸伝説など信用しないけれど、人々の祈りは永世不滅だろう。修験道がそれと融合して戸隠信仰は有名になったのである。昔の農家の家々には、蚕神や秋葉神などに混じって、決まってその御札が神棚に祭られていました。唯一神ではなかったのである。キリスト教が普及しない理由の一つに、多神論の一つに参列しないことがあります。人々は自然崇拝が身近にあり、他方、キリスト教はその自然拒否と他宗批判がそれを疎外しています。唯一神論のためである。折角のキリスト教の長所が弱点に転化しているのです。例えば、旧約を新約と同列に重んじる傾向は疑問に思います。必ず日本的なキリスト教がある筈です。それは内村鑑三や賀川豊彦などによって試みられましたが、全く途絶しているといって過言ではありません。第二、第三の内村や賀川が輩出していないのです。しかし、果核は残っています(但し、両人には批判の余地もある)。三里塚闘争の委員長は戸村一作という敬虔なクリスチャンでした。また、反原発闘争を闘っているクリスチャンは多くいらっしゃいます。しかし、自分の信仰を高めることに執心しても、真の福音を人々に伝道することにクリスチャンは熱心ではありません。自己信仰に社会性を持たせない限り、永遠にキリスト教信徒は1%でしょう。プロテスタント系のキリスト教会の猛省を促したい。帰途、「そばの実」に立ち寄り、妻子は多少満足したようでした。歯ごたえがあって甘みを感じた蕎麦でした。それよりも、天麩羅が美味しかったです。

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2012年5月 8日 (火)

戸倉の湯へ

000_0887  過日、嫁はん達が里帰りしたので、一人、戸倉・上山田温泉に向かいました。この温泉は、湯量が豊富で、ほとんどが源泉掛け流しです。単純硫黄泉・単純硫化水素泉で、皮膚病などに効用があり、痒みや湿疹を感じる時によく利用します。どこの温泉も、家族向けになっているため、湯温がぬるめに設定されていて、毎度ガッカリすることが多いのですが、ここは高めなので(そのために息子は帯同を断りますが)疲れも一気にふきとびます。かつての温泉街の賑わいはなくなっていますが、変わらぬ千曲川の流れや翠緑の山々を眺めるだけでもスローな気分になります。全国の著名な温泉地と比較すれば(ニセモノの温泉が結構多く、私的には、泉質は全国一等と思っている)、煌びやかさも喧騒もないので、気ままに過ごすことができます。また、信州観光の基点としても至便です。温泉地として鄙びてしまったのが不思議です。おそらく、遊興地としての看板ができてしまって、温泉の大衆化と家族旅行の普及と子女の取り込み不足が衰退を招いたのかも知れないが、列記とした大人の温泉街として完成してほしいと思っている。
 その後、評判の「大黒屋」で「カツ丼と小さなラーメン」(1200円)を注文しました。旨いのは確かなのですが、やはり大阪で鍛えた食味からしたら、隠し味と色合いと付け合せの違和感など、すこし不満です。ラーメンではなく昔ながらの鶏がら醤油の中華そばです。雑味がなくすっきりとした食感で美味しく頂きました。雨模様の五人待ちでしたが、じっと待った甲斐がありました。ぺろりと平らげ、すぐに店を後にしました。それから万葉公園に足を運んでウォッチングをしました。左に戸隠連峰、右に高妻山が遠望できます。

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2010年10月15日 (金)

爽秋の日々

201010111137231  11日に4時間程を要して脱穀をしました。昔と比べれば、機械化による恩恵に浴して、むしろ準備と後片付けに時間が割かれるほどです。めでたし、めでたし。初めての米の収穫です。とりあえず、初挑戦は成功したようです。新米をお望みの方は連絡してください。ただし、味は保証しません(笑)。収穫量は、籾で500㎏余りだろうか。まだ目方を計測していません。

20101013104712  爽秋の 小途に響く 声二人

 紅葉mapleを見るために上高地に参上。こんなに晴れ上がって山容が美しい景色は初めて、とガイドさんの声が高揚していました。確かに、大正池の湖面に逆さ写影される焼岳には魅了されました。中高年(自分もその一人でもあるがcoldsweats01)や外国人が多い中を素通りして、黙々と明神池に向けて回遊しました。紅葉狩りには少々早いようで、黄葉ということでしょうか。穂高連峰が冠雪される下旬が見頃でしょう。帰路は乗鞍温泉spaに浸かりました。

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2009年2月12日 (木)

家族ゆるり温泉三昧

20090211165017  昨日は、家族が揃って休みなので、用事を終えて午後から日帰り温泉に出かけました。雪の花が舞い始め、見晴らしはそれ程でもないが、今の時期に快晴ならば、息を呑むほどの絶景を眺めることができる温泉施設です。泉質は、湯沸しで(掛け流しだからといって良いとは思えない)加温・循環ですが、メタケイ酸豊富ということですから、由布院のそれに近いのかも知れません。建国記念日などという恣意的な休日はそれとして、どこの日帰り施設も混雑が予想されるので、山道をうねりながら辿りました。中途の湖は氷結して静謐に佇んでおりました。人影はないが、時折車とすれ違う。これでも市内なのです。入湯してみると数人。嫁はんによれば、女湯は独占状態ということでした。持ち込みもよし、十割蕎麦やうどんなどを注文するもよし。山里の公共浴場という感じで、ゆっくりと浸ることができました(ところで、沖縄では湯船がない、もしくは湯船に浸かる習慣がない。シャワー浴です)維持費が高騰し、経営は楽ではないらしいが、平日の休暇場所としてはもってこいの穴場です。だが、嫁はんに断りなく一人で湯治にきたら怒られるだろう(笑)。息子はというと、普段とは異なって、ゆるりとした感じにつられて大人しい。帰途の山道を別の市街へ抜け降りて、和風レストランで、たっての願いという蕎麦とシシャモを腹に収めて大満足の様子。オヤジのような息子の風袋を眺めながら、内心苦笑してしまいました。車中で疲れから眠りに入り、そのまま寝床についた息子でした。息子にとって、幸せな夢を見ることのできる一日だったようです。

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2009年1月25日 (日)

小原庄助の一日

20090125115814  思い立って近場の、高台にある日帰り温泉に出かけました。左肩が痛み、湯治も兼ねている。毎日湯船を払底しているし、源泉掛け流し(霜降りやトロがブヨブヨ肉であるように、悪く言えば、垂れ流し)であるし、三大美人の湯(川中、龍神、湯の川温泉)を超える等張性のある温泉ということなので、二度目の体験風呂である。地元野菜も激安であり、何にもまして、持ち込み可の休憩室があるのが嬉しい。確かに肌に吸い付くような温泉であり、熱めなので私にとっては好都合である。食堂が併設されているが代金が良心的。日がな一日、温泉三昧して居座っていても文句をつけられることはなく、千円札一枚あれば事足りる。地元客が多く、有名でもないので混雑してもいない。さらに、著名な観光地や温泉街は騒音が多く、居たたまらない経験をすることが多いが、ここでは緩慢に時が流れる。それに、露天だけでなく、内風呂からの展望もいい。こうして、休憩所で水分補給をしながら、一人ぽつねんと読書をした後、テレビを眺める。大阪国際女子マラソンが開催されていた。この大会は、産経グループの主催なので気に入らないが(大阪は、朝日新聞の発祥地であるが、産経新聞の一大購読地という土地柄である。夕刊紙も発行しているのは、大阪だけであろう。また、司馬某という小説家は産経新聞記者出身である。ちなみに、全く関心はないが、新・芥川賞作家は大阪在住である。知事からして面白くない街になりつつあるのは誠に残念なことである。大阪については、またいつか論じることになるだろう)、長居公園に向う今里筋の街並みが画面に流れていたので、つい最後まで見入ってしまった。確かに大阪の下町を眺めるのは飽きないことだ(ところで、上記の鄙びた温泉施設は、客が殺到すると難儀するので秘匿しておく)。本当に懐かしく思い、湯上りを漫然と過した一日だった。

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