日記・コラム・つぶやき

2024年1月 8日 (月)

究極の災害・人災

51igu3jeril_sx218_bo1204203200_ql40_ml2_ この所、長らく積読していた図書館の廃棄本を読み進めている。彼は戦後の短歌界を一新したアララギ派の歌人であるが、余り評価されていないような気がする。影響を受けた歌人として、知っている限りでは、道浦母都子(昨年で信毎歌壇の選者から退いたことが残念である)と荻原慎一郎である。実感に根付いたリアリズムと生活者からの政治意識という点で、石川啄木にも似ているのではないか(他方で、石川啄木は典型的な遊び人でもある)。歌は、このような作者の屹立する表出であらねばならないという思いである。もう少し、この本を読み進めてみよう。

 年賀状の中の一枚に、「熊も政治屋も駆除が必要ですね」という添え書きをつけた先輩がいた。彼は日大全共闘の闘士であった。今は息子に譲りながら会社経営をして、狩猟を趣味として(彼から始めて『狩猟界』という雑誌を知ったのである)、その関心からの付言と思われて、内心一笑したのである。年末の自民党の裏金問題と、年始の能登地震と飛行機同士の衝突事件という人災と災害が続いていることに、人々は新年早々不安の渦中にあるにもかかわらず、政治の退廃はとどめがないのである。政治は人々の生活に直結しているにもかかわらず、人々はそうした教育を受けずに洗脳に囚われているのが現実である。政治は、忌避されるものでなく最も論議されなければならない問題なのである。知識人は何のために仕事をしているのか。世界の戦争の惨禍・惨状をいつまで傍観しているのか。無能な政治屋の跋扈という日本の政治状況(究極の災害・人災)をいつまで座視しているのか。知識人の決起が待たれている、2024年の冒頭の有り様なのである(リーフェンシュタールの「服従的な空虚」とアーレントの「悪の凡庸さ」)。

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2023年11月21日 (火)

人類の試練

2020111509590000_20231121225401 花が枯れ、小春日和があっても、朝晩の冷気が冬の到来を予感させる季節となった。吊るし柿を干したり、年末年始を準備するメモ書きが多く追加されて、休日は予定で埋められている。そのためブログ放置となっている。と同時に、生来の怠け者の手前には、心配事も増えている。

 ハマスによるイスラエル攻撃に反撃する、イスラエルによる侵攻は、ガザを消滅させてパレスチナ人を一掃して、ガザ沖の天然ガスが目標のようである。ユダヤ教の原理主義者(シオニズム系統)が跋扈して極右のネタニヤフ政権が1年前に誕生しての今回の事態となったのである。若い頃に旧約の詩篇とヨブ記、イザヤ書とエレミヤ書を読み込んだのも、小学生の時に「十戒」という映画が格安の夏休みの推奨映画としてド田舎の映画館で視た影響もあっただろう(なぜこんな映画が推奨されたのかは今以て分からない。娯楽が少なかった時代の所為なのかも知れない)。
 旧約聖書に執心することは、原理主義者の温床になると思っている。中沢洽樹先生に直接講義を伺ったこともあり、ヘブライ語を齧ったこともある。聖書は基本を踏まえて現代的に解釈しないと原理主義者になることは必定である。若い時に旧約重視の聖書読みには疑問を感じていたのも事実である。大事なのは、イエス=キリストが律法主義者を徹底的に批判したことである(マタイ、ルカ)。パレスチナ人を動物表現することも許せない。旧約原理主義者たちの怖ろしいほどの思惑にも驚く。ナチスドイツがユダヤ人にホロコーストを強いたように、ユダヤ・シオニズムがパレスチナ人を掃討・虐殺(genocide)しているのである。同じことが繰り返されているのであり、ある意味ではP.レーヴィの遺言通りなのである。この件に関して、歴史予言学者であるハラリの評価が失墜したと思う。B.ゲイ〇などに称賛されるようでは底が知れていると言わねばならない。一体、何が誰が地球と人間を破壊しているのか、と問わなければならないのである。

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2023年9月12日 (火)

民衆は忘れない

20210511150318269656_03b5dfc36cb884a9a56  『日の丸は見ていた』の続編である。少国民とは戦中の国民学校の小学生のことである。櫻本のこの本は、戦時下の少国民の文章、戦時歌謡、戦中詩へと話が進む。彼は幼稚園を経営していた経歴もあってか、児童文学者が徹底糾弾される。櫻本を含む少国民の怒りが爆発しているのである(p202)。特に、「大人は適当な言辞を弄して少国民を錬成し、少国民はひたすらその言辞を信じて、『大君の辺にこそ死なめ』と煽動された。そんな大人の先頭陣に、少国民詩の文学者が位置したことを忘れてしまったら、少国民よ、浮かぶ瀬もないだろう」(p248)と訴えて、「少国民詩の呪縛力は、その頂点で、『後につづけ』全員特高隊員である、というおぞましい正体を露呈した」(p275)と解明している。音楽の教科書などにも、戦争協力した山田耕筰、堀内敬三、信時潔、中山晋平、古関裕而等の作曲家が記憶されている。現代では、阪神と早・慶大の応援歌はその例である。気持ち悪いとしか言えない。戦前も戦後もなく継続しているのである。ビッグモーターと損保、ジャニーズ(吉本興業)とマスメディアとの癒着は、当然の如く、剔抉されていないのである。戦後の経済成長も、ある意味では、世界情勢の特異性もあって特攻精神で実現したとも考えられる。戦後の戦争責任はその下で曖昧とされたのである。
 政治分野でも然りである。自民党の二世・三世議員の跋扈によって、相変わらず収賄、殺人、便宜供与など、戦前の政党政治の腐敗は天皇制ファシズムとして敗戦を招き、戦後もそれが継続しているのである。将来の世代に何の責任を取らないことに怒りさえ覚える。余りにも腐敗と退行のために、最近はニュースも新聞も聞いたり、開いたりする意欲が減退し、自分のなすことに集中するようになっているが、これではならないと思い直す始末なのである。宗教分野でも同様なのだが、真の野党勢力の奮起を期待したいものである。その際に重要なのは、些末な差異に拘泥することなく、統一戦線を組むことである。そして、戦線内の相互非難をしないことと、民衆を鼓舞することなのである。

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2023年9月 5日 (火)

自己を裁断できるか

41qtxgujcwl__sx373_bo1204203200_  休日の一日、午前は読書していたのだが、部屋の温度は、冷房なしで30度を超していて汗だくであった。やむなく昼食後は午睡に突入して、爆睡状態が続く。体力が落ちたものだ。
 櫻本の『日の丸は見ていた』では、日本本土の初空襲によって殉職した少国民をめぐる記述から始まり、詩人(文学者)の責任追及と乳・幼児集団疎開まで展開される。特に目を引いたのが文学者の羅列であった。前回のブログ記事以外にも、武者小路実篤、野口雨情、草野心平、サトウハチロー、高浜虚子、佐々木信綱、室生犀星、中村草田男、土屋文明、村岡花子、金子光晴、石坂洋次郎、佐藤春夫、亀井勝一郎、柳田國男、小林秀雄、清水幾太郎、三木清、吉川英治、久松潜一、三好達治などが列挙される。これらの著名文化人は、私の小・中・高の国語教科書でも標準的に学んだ文学者であり、戦時中の彼らの著述を探索すると、ゾッとする感慨である。久松潜一など、彼の角川書店の国語辞典を長年愛用していたものである(旧仮名遣いが併記されていて至便だった)。1960年代は、今から考えると、戦後20年程で明治・大正生まれの人々が存命であって、戦争の感覚はまだ人々の日常にあったのである。実際、幼少期の自分は、炬燵で寝ころびながら「のらくろ」の戦争漫画を楽しみ、「戦友」のテレビ番組を興味津々に視聴し、戦艦武蔵のプラモデルを製作して兄の月刊『丸』を盗み読みをしていたのである。人々は生きるのに必死の思いの時代であったが、幼少の自分は牧歌的に育っていたのである。
 ところで、戦時中の櫻本少年は、他の「少国民」同様に、立派な皇国少年だったのである。小学四年に『朝日新聞』長野版(1943年、昭和18年)に、「山本元帥をしのんで」という愛国作文が掲載されたとの事である。「当時はそんな時代だった」という言い訳は、多少は理解できるが(恐らく、自分もまた皇国少年になっていたことだろう)、それをもって被害者面をして居直ることは罪悪なのである。櫻本はさらに、「問われなければならないことは、そのような戦後を黙認した私たちの責任である」(p225)と裁断している。彼は健在であり、その問題をライフワークとしているようである。動画(家永三郎が最後の方で登場する)もブログもある。

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2023年8月22日 (火)

「新しい戦争責任」

2023081706270000  酷暑である。清掃のおばちゃんが「昔は30度を超すことは滅多になかったのに、今は35度が当たり前になって弱ったもんだ」とタオルで汗を拭っていた。実際、蝉の鳴き声は少ない。野菜や果物の生育が不順である。物価とガソリン価格の高騰する中、政府は原発汚染水放出やミサイル共同開発を国会の審議もなく専断している事態なのである。戦争の足音がひたひたと聞こえ始めているのである。
 家永三郎は、その著書の中で「元来日本人には理想なく強きものに従ひ其日々々気楽に送ることを第一とするなり。・・・斯くして日本の国家は滅亡するなるべし」(p285)という永井荷風の日記を取り上げている。戦後の国語教科書でも、北原白秋、高村光太郎、与謝野晶子、斎藤茂吉、釈迢空(折口信夫)等の詩歌で彩られている。絵画や音楽の世界においても同様で、戦争責任など毫も触れられていない。後年それを知って、なあんだと呆れかえって失望したものである。戦争責任は戦後一貫として追及されていないのである。戦犯が日本の首相になり、靖国神社に合祀されて崇拝されるという無責任なのである。家永は戦争責任論を展開する過程で、同時に教科書裁判をも闘った自由主義者である。注目すべきは、戦後世代は戦前世代の生理的・社会的遺産を相続している訳だから、戦前世代の行為から生じた戦争責任を自動的に相続している(p309)という家永の持論である。敗戦から80年弱となって戦争体験者は鬼籍に入り、二世・三世の政治屋の政権による戦争国家化が加速しているのである。
 第二に、家永の戦争責任論は、「自虐史観」という俗論とは異なって、アメリカや旧ソ連の連合諸国の戦争責任をも論じているのである。日本国内に未だに米軍基地があり、アメリカの核の支配下にあって空域もまた米軍に占有されているのである。治外法権が当然視されて独立国とは言えないのである。米大統領が米軍基地から出入国することからも、アメリカの属国とみても間違いない。このことこそ「自虐」なのである。アメリカの世界支配戦略に追随していることは、「新しい戦争責任」をも現出することになるのである。それでなくとも、日本の特異的な経済的発展は、朝鮮戦争とベトナム戦争によって支えられていたのである。

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2023年7月 4日 (火)

戦争(敗戦)を忘れる時代

2023070207470000 田植えと補植・植え直しも終了して、後は水管理と除草である。半作である。半農半Xと出来る限りの無農薬・無化学肥料・草生栽培の試みは進捗しているが、これがなかなか野菜や稲の苗が上手く育つとは限らないので、草勢を調整しながらのぐうたら農法である。先日は、隣の畑のおじさんに「そんな草だらけでは無理だ」とダメ出しされたが、慣行農法に翻意するつもりは全くない。なぜなら、カネはないし手間もなく、SDGsの(人間の開発目標という)観点からでもなく、唯々自然環境に悪いからである。しかしながら、この農法は、強制的ではないため、実りの不揃いや虫害が出やすいのがデメリットである。これは土壌の開墾とコンパニオンプランツなどで対処する他はない。
32450461  この本を繙読しての感想は、敗戦によって揃って「ほっとした」という感慨が多いことである(p74、90、159)。これは解釈が必要である。皇民化教育の中での侵略戦争遂行が終了したために、安堵の気持ちは理解できるが、ことはそれで終わらないのである。侵略された側は解放の歓喜な気持ちであることや、戦争が終了したための安堵の気持ちは即自的には理解できるが、事態を対自化する必要があったのである。終了したのではなく、日本国と日本人は負けたのであるという根本的反省が必要なのである。そうでなければ、自分は被害者であるという意識のままなのである。未だに「敗戦記念日」を「終戦記念日」などと欺瞞の中にあるのはその典型である。1980年代から始まった加害の歴史化が、1995年をピークに、新自由主義の潮流と共に第二の戦前へと傾斜が始まっているのである(『戦争体験刻む』p72、希少なことに、殺戮の証拠の生写真が掲載されて必読である)。先の本の中で一つ念頭に残ったのは、「安堵とか、戦争が終わって良かったというのは後からくっつける言葉なんです。」(p31、清川妙)という文章である。それは「終戦」という言葉に象徴されている。平和という言葉は、宗教思想の政治化に伴って、統一協会を始めとするカルト宗教も掲げているのである。現代は「戦争を忘れる時代」(p155、羽田澄子)であり、今以て伊丹万作の「国民(日本人)の奴隷根性」は健在であり、カルト宗教はそれに付け込んでいるのである。

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2023年5月30日 (火)

多様性社会への嘱望

2023052212330000  先日、ライオン舎ができたとのことで、早速茶臼山動物園に夫婦で赴いた。平日なので来園者は少なく、ゆっくりと鑑賞できた。鑑賞するという言葉に多少の疑問を抱くが、世界の希少動物保護のためにはやむを得ないことだろう。動物園オタクとして、これまで天王寺、京都市、神戸市、旭山、上野、城山、茶臼山などを訪ねている。長野市は市として全国唯一二つの動物園を所有していると思う。この度、茶臼山動物園は、開園40周年ということでライオン舎をオープンしたとの事である(これまではレッサーパンダがメインであった)。園舎全体にライオンの咆哮が轟いていたのは言うまでもない。近年は、動物の権利と福祉などへの配慮から、動物を檻の中に閉じ込めて鑑賞するという従来の展示方法から、有名な旭山動物園の行動展示から始まった本来の動物生態を実現するのが動物園の主流となっている。動物にはどんどん自由になってもらいたいという願いを持っている。だから、イヌ・ネコの中心で、芸能人が面白がる動物番組は全く見ず、「地球ドラマチック」とダーウィンが来た!」など、選んで視聴している。
 しかしながら、もっとも憂慮しているのが人間という動物である。人間という動物ほど怖ろしいものはいない。アリストテレスは、「すべての人間は、自然本性(φύσις)によって、知ることを求める」(『形而上学』冒頭)と述べて、観想(θεωρία)こそが最高の幸福と主張している(『ニコマコス倫理学』)が、近現代においては、全く当てはまらない。人間の欲望は肥大して、他の生物を疎外して地球規模の破壊(戦争と環境破壊)をするばかりでなく、人間改造にまで波及しているのである(AIとBT)。宗教カルトが政治に影響を及ぼし、多様性社会が嘱望されているのにも拘らず、一極社会へと突き進むという有様である。どんな社会を望んでいるの、とライオンに聴いてみたいものである。



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2023年5月23日 (火)

アリストテレスへの回帰

3180  朝、庭前の畑を眺めると、見事に茎を根元から噛みきられて、二十日大根と枝豆の枝葉が無残な姿を晒している。ネキリムシの仕業である。早速、周囲を掘り起こして発見即捕殺するのであるが、既に5匹以上捕殺している。化学肥料は殆ど使用せず、くず野菜や糠などからの自然堆肥を畑に漉き込むために、発生はやむを得ないだろう。対策としては、①防虫ネット(寒冷紗)で幼苗をべた掛けする、②籾殻で幼苗の根元を守る、③発見即捕殺、④やられたら間引き苗の移植か、再びポットに播種をするのみである。自然農法に近いものだから、苛立ちを抑えて怒りに燃えず(笑)、気長に構えるのみである。
34443019  少し関心があったので、岩波新書を通読してみた。中畑氏の関心と学究は、いつの間にかプラトンからアリストテレスに移行した様である(多分、都立大から九州大への遍歴時代があり、『魂について』の翻訳が契機と推定される)。近年、哲学界はアリストテレスへの関心が高まっており、東大系の『アリストテレス全集』旧版の特徴は、『形而上学』とその倫理学に傾斜しており、術語の難解さと不正確さも伴って、古色蒼然としたアリストテレス像となっているのは否めない。新版を読んではいないが、より平明で精確さをもつ翻訳となっているだろうと思う。そして肝心な『アリストテレスの哲学』だが、アリストテレスの見地と方法論が的確に提示され、章立てで近現代の反アリストテレス潮流に反論している内容である。西洋古代哲学史専修の学生以来、ドイツ観念論と京都学派の「包囲網」を潜り抜け、二十年来アリストテレス原典を文献学的に読み込んだ精華と言えるだろう。所々に彼の言葉遣いと本音が垣間見られるも一興だったのである(例えば、「四つのし」や師である藤沢令夫への言及、p13,194)。最近の東大閥と慶大閥の著作は、余程のことがない限り、信用していないのである。

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2023年3月20日 (月)

『世代の昭和史』の感想メモ

34390982 春の陽光に誘われて、梅の木が八分咲き、山茱萸が開花して水仙がグングン葉を伸ばしている。そんな春の萌芽の中、時々、気休めにNATARSANのフルーツ紅茶を飲んでいる。これがとても自分の嗜好にマッチしない。微妙な感想である。息子の欧州旅行の手土産である。その香味に連れ合いが放置したもので、もったいないので「生けるゴミ箱」である手前が消費している。ネットを覘いてみると、イタリア・トスカナ地方のオーガニック(有機)特産品らしい。バラの実とカルカデ(ハイビスカス)が主原料のハーブティーらしく、酸味があるので、蜂蜜との相性が抜群らしい(牛乳の混合は不可)。そのまま煮出しして楽しもうとする手前が愚かだったのである。
 もう一つ、『アリの一言』を閲覧すると、政府(権力)に対して記者たちが拍手したということである。さもあらん、権力の監視役、社会の木鐸という職業倫理を放擲し、ひたすら記者がキーボードを叩いている政府会見場をテレビ放送で目にすることが多い。まさしく、「この国のメディアは死んでいる」のである。
 閑話休題、『世代の昭和史』である。著者の保阪は小国民世代に微かに入る作家であるが、基本的に戦争要員世代に同情し、小国民世代に共感しているのが基調である。大正(特に10年以降の)時代に出生した戦死者は全世代のそれの87%である。侵略戦争の犠牲者となったのである。通読しながら疑問、疑念を抱いたこと。①東條(戦争遂行世代)だけが悪いのか。司馬の写真を入れ込んで、戦争要員世代を代表させるのには違和感がある。司馬は本当に戦争遂行世代への怒りを体現し、明治の世代を指弾したのだろうか。「明治の栄光」を小説化しているが、その時代に反戦・非戦を貫いた犠牲者への畏敬があるのだろうか。②天皇と国民を一体化した教育が強烈に推進されたのだが、教師批判・非難だけでは一面的ではないか。なぜ天皇制批判にまで及ばないのか。まだまだ不十分と思わざるを得ない。元々、日本は資源が乏しい国であり、近現代の戦争などできない国なのである。③また、「反対するには遅すぎた」論は欺瞞である。それならば、なぜ反戦・非戦の人士は多くいたが、戦後の教科書ではわずかに触れるだけで、彼らの名誉回復すらがなされていないのか、と思うのである。  

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2023年2月16日 (木)

凍てつく信州の寒さ

33675963 酷寒である。多分、今日は真冬日(一日の最高気温が氷点下)となるのではないか。内陸性気候に因るのである。寄る年波には、ズボン下(股引)が必須であるばかりでなく、就寝時は布団の中に湯たんぽを入れる。連れ合いは西日本出身なので、彼女の在宅時は、石油ファンヒーターのお出ましとなる(自分一人の時は、ワークマンの防寒ズボンと半纏を愛用しているので点火なし)。エアコンはあるが、殆ど稼働しない。わが家の節約生活は非常識である。世間では室内暖房器具の使用が当たり前になっているのである。回顧すれば、小学校の教室は石炭だるまストーブであったが、中学校の新校舎はスチーム暖房になっていて驚いたものである。
 こうした暖房器具は、時代に伴って変遷している。冬の夜には、掘り炬燵の周囲を布団を固めて、一家で寝ていたのは60年前の姿である。当然の如く、ストーブやエアコンはなく、火鉢程度である。当時の信州の家屋は隙間風が入り込み、寒暖差もあってその冷え込みが尋常でない。北海道から来訪した祖父も、その寒さに震えていたものである。掘り炬燵に入れる消し炭と木炭は、次第に豆炭も活用され始め、50年前になると豆炭あんかが登場し、布団の足元に入れて自室で一人寝する。電気炬燵も普及して、個室でラジオ講座やオールナイトニッポンに齧りついて夜更かししていた。それでも、翌朝目を覚ますと、吐く息の蒸気が布団の襟に凍り付いていることもあった。やはり電気炬燵と豆炭あんかだけでは部屋は寒く、半纏を着て寒さを凌いでいたのである。信州の受験生は二つの敵があった。一つは受験ライバルであるが、二つ目は氷点下の寒さである。受験の日々は寒さとの闘いという面が強かったのである。受験日には雪降りの中での、凍てついた会場入りということも稀ではない。暖かい地方の受験生が恨めしく思うこともあったのである。上京すると冬でも快晴の青空が毎日のように広がることに驚いた。薄いジャンパー着用で十分であり、他の学生にはキリギリス学生と見えたことだろう。
 他県の人には、信州は雪が多いというイメージがあるのだが、これはちょっと違う。確かに山沿いは2、3mの積雪があり、遠い銀嶺が美しいが、平地(盆地)での積雪は高々10cmほどで(昭和38年の最高60cm)日中に融雪してしまうことが多い。むしろ、夕方以降底冷えが始まり、みるみるうちに氷点下となって足元が冷えるのである。そして、翌朝のアイスバーン状態となった道路を運転する恐ろしさとなるのである。氷点下2、3度程度なら、「あれ、今日はあったけえ(暖かい)な」と思ってしまうのである。京都に住んだことがあるが、痛いと感じる寒さではなかった。大阪にもいたが、全然寒くない。大体、雪がちらほらと舞い散る程度で、吐く息が白くない。沖縄では毛布一枚で過ごした。南北に細長く狭隘な日本でも、所変われば気候(気温)も変わるのである。

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