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2023年2月 4日 (土)

あの戦争の教訓

33480033 あの戦争は、昭和天皇の優柔不断と軍部・政府の独走、それに国民の熱狂との三者の共犯関係で成立していた、と分析している。現下の東アジア情勢も、天皇の政治権力は失墜しているが、国会という立法権力も追随して、戦争の条件は相似している。
 日露戦争においてカツカツで勝利したのだが、第一次大戦では協商側についた大日本帝国は、中国や南洋へと版図を拡大して、中国侵略の足掛かりを掴んだのである。成田龍一は、大正デモクラシーに注目して、政党政治の成立と帝国主義的侵略という錯綜した時代において、前半期に隆盛した民本主義が、「(対華二十一箇条要求について)吉野作造でさえ、『だいたいに於て最小限度の要求』」と主張していたと開示している(『大正デモクラシー』、p61)。近代化の過程のなかで国民国家が飛躍的に促進されたのである。大門正克は、「大正デモクラシーの時代は改造の時代であった」(『明治・大正の農村』岩波ブックレット、p52)と分析している。国家の改造、国防の改造、財政の改造、教育の改造、家族の改造など、どれ一つ取っても左右翼のせめぎ合いの時代である(右翼勢が勝っているため、差別排外主義が跋扈している)。後期には、労働・農民運動が拡大してゆくのだが、1925年の治安維持法によって戦争への趨勢は決定したと見ても過言ではないだろう。明治以来の学校と軍隊は、その決定に資するものになったのである。エリート層、都市住民層ほど熱狂していたのである。それは政府関係者や国会議員の発言などに頻繁に聴かれるものである。これにマスコミと芸能界が加算される。いわく、(核)抑止論と差別排外主義である。これらに対する反論が重要な論点である。他にもあるのだが(教育と農業である)、戦争勢力が主張する論点での核心点はこの二点なのである。抑止論によって軍部の増長があり、いざとなれば人々は飢餓状態となるのである。現今の物価上昇はその兆しである。
 とどのつまり、ウクライナ戦争に乗じた国防論議(抑止論)を徹底的に排斥し、差別排外主義に抗することが重要なのである。俳人・金子兜太は、その遺言とも言うべき著書の中で、松本連隊が派遣されたトラック島の経験を記述しているが、戦争は結局、餓死となり、残虐の非業の死だけなのだと断言している。彼は、自己防衛に走り、現実に妥協して(p158)憲法すら拡大解釈で空洞にする、戦争の実体を知らぬ勢力を終始批判している。加えて、「大きな権力に便乗して自分の鬱憤を晴らそうとする人たち」(p36)の登場を許してはならない、とも警告している。渡辺白泉の「戦争が 廊下の奥に 立ってゐた」という俳句が、卑近に感じる時代なのである。

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