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2022年6月

2022年6月18日 (土)

思考を取り戻す

34332887  参院選挙が実施され、長野県区は実質二者の争いになっている。自民党と野党共闘とである。参議院では野党が独占している全国的に珍しい選挙区である。自民党の候補はタレントであり、その昔、息子の小学校PTAの講演集が回覧されてそれを一瞥したことがある。その胡散臭さに辟易しただけである。醜聞が立って芸能活動をやめ、「長野県民への恩返し」などと称して、案の定、自民党から立候補するのである。信濃毎日新聞のインタビュー記事(18日三面)を見ると、やはり自民党の政策フォーマットをなぞっているのである。過去と未来を何も直視していないと思われるのである。対する立憲の候補は、TBS記者出身で主張は明確である(が、誤りも多い)。両者とも県外出身者である(県知事や長野市長も)。県外人士しかいないのか、と情けなく思うのだが、県外者を有り難く思う気風になってしまい、大抵の若者が主に都市圏に出てしまうこともあって(約8割?)、期待したい地元人士が存在するにも拘らず登用させる県民性ではないようである。もう一人、維新からも立候補している者がいるが、新自由主義の自民党別動隊だから埒外である。惨憺たる大阪府政を顧慮すれば勘案するべきもない(自民党に入党し、支持者を偽って政党を渡り歩いた衆議院議員もいたのである)。信毎記者は、参院選県区で続いてきた事実上の「与野党1対1」の対決構図が崩れたなどと呑気に設問しているが、今後3年間は国政選挙はないのだから、ある意味では戦後の分岐点となると予想される。しかしながら、軍事的にも経済的にも、あらゆる分野において画一化、一様化、狭窄化、空洞化、全体主義化、アウトソーシング化の時代の趨勢は基本的に変わることはないだろう。都市と国家の愚劣化は止まることを知らず、地方に波及しているからである(自民党の牙城になっている地方選挙区さえあるのは惨めの極みとしか思われない)。
 遅い米作は漸く代掻きにこぎつける。田植えが終われば半作である。休日農業は一昨年同様である。これからの盛夏には、額に汗をかいて踏ん張らねばならぬ。しばらく気が休まることがないが、身体を労いつつ励むことになる。

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