『イワンの馬鹿』より
今では、ニュース報道以外テレビから離脱して(テレビ好きだっだのだが・・・)、夕餉を済ますとゆるりと過ごすことが多くなっている。相も変わらず、無為なバラエティー番組が専横して、芸no人や軍事評論家、KO大を始めとする首都圏のニセ学者などが跋扈しているのである。一瞥すると、当の本人たち自身が「ちむどんどん」しているようには思えない。国家機能が集中する都市の腐敗は目が当てられないのである。国会議員の殆どは、後先を見ずに、ゼレンスキーのオンライン演説に狂喜して、参戦を表明している有様である。また、G7首脳会議の報道を眺めると、思わず噴飯してしまったのである。世界の権力者どもの、追随する姿を見て、むしろ憐憫さえ覚えてしまったからである。普通の喧嘩や仲裁でも、こんな事態は考えられない。まるでヤクザの争闘さながらである。欧米各国はキリスト教国を標榜しているのだが、そのキリスト信仰に疑義を抱いてしまうのである。このことは、世界的なキリスト教離れという趨勢も関係が深い。世俗化である。その典型的な例があの帝国主義国家である。政教一致の大国である。そのことは、重々承知しておかなければならないのである。そこでつい想起したのが、トルストイの『イワンの馬鹿』である。
文学的名声を獲得したトルストイは、その集大成として回心後に執筆したのが『イワンの馬鹿』である。彼のキリスト教博愛主義(トルストイ思想)が展開する民話である。三人の兄弟は小悪魔によって兄弟の仲違いを狙うが、イワンの馬鹿によって退治されてしまうのである。そこで、「頭を使って儲けること」を唱道する大悪魔が登場してイワンを試すのだが、これまた成敗されてしまう話である。長兄の王国は軍事独裁国家として、次兄の王国は金融資本国家として破産するが、他方、大悪魔の策略にも拘らず、イワンの王国は大悪魔を一蹴してしまうのである。汗を流して働かない者は他人の食べ物の残りものしか食べられない、という国の掟による結末である。ウクライナ戦争を念頭に置けば、『イワンの馬鹿』の理解が格段に進むであろうし、現況に符合している。現在、某国の大統領が新太平洋圏構想(IPEF)を引っ提げて訪日しているが、共々、愚者どもの狂宴としか思えない。と言うのは、両者とも、ゆくゆくは衰退・没落する国家だからである。
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