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2021年10月

2021年10月27日 (水)

『海と毒薬』

32574388  今夏、偶然に『しかたがなかったと言うてはいかんのです』を視聴した。九州大学生体解剖事件に関連して人間の罪と罰を遡及するドラマであった。自省をしない戦中派がよく口にした「しかたがなかった」という言葉とは魔法の言葉であり、責任を放棄した言葉である。現在においても自民党や公明党の広報では、自分たちが政権を担って日本を破滅してきた責任すら放棄して、「新しい時代を皆さんとともに。」「日本再生へ新たな挑戦。」と臆面もなくスローガンを掲げる始末の悪さに呆れてしまうのである。3割程度の残党の戦争派が存在する限り、総選挙の結果は予想がつくと言わねばならない。無党派層の覚醒と投票行動に期待するしかないのである。
 そのドラマを契機として、いち早くその事件を取り上げた遠藤周作の『海と毒薬』(実際は『遠藤周作文学全集』1の読書であり引用である)を読み込んだのである。それに絡んで大学教養部での単位取得のためのフランス文学講座を想い出す。教養部の片隅の教室でたった二人の学生を相手にしたカトリック教徒の教授を想い出す。モーリヤックベルナノスなどの小説を手掛かりとして、学生に発表させてフランス文学を研究する講座であった。モーリアックは、厳格なカトリック教徒として執拗に人間の内面を暴露して神の無い人間の悲惨を追究した作家であるが、二人の学生は遠藤周作に20年遅れで次から次へとモーリヤックの小説を耽読したのである。遠藤は、勝呂医師をして、「仕方がないからねえ。あの時だってどうにも仕方がなかったのだが、これからだって自信がない」(p102)と独白させている。また、生体解剖に加わった戸田医師にも、「やがて罰せられる日が来ても、彼等の恐怖は世間や社会の罰にたいしてだけだ。自分の良心にたいしてではないのだ」(p157)と心中を告白させている。遠藤は、登場人物のガソリンスタンドの主人にも、「中支に行った頃は面白かったなあ。女でもやり放題だからな。抵抗する奴がいれば・・・突撃の練習さ・・・シナに行った連中は大てい一人や二人は殺(や)ってるよ」(p95)と表白させてもいる。どの人物にも毒薬を含まれ(含ませ)ているのである。私的な感想を言えば、日本人にある例の制度は、日本人の特性として終始一貫して醸成されていて、日本の通史としてキリスト教の普及を阻んでいるのではないかと思っている。

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2021年10月 3日 (日)

現代の感情と思考

20200119120728753165_6a8b22e8e9655fe581e  立憲民主党の枝野代表の「自民党は変わらない、変われない」という批判は、けだし至言である(立民党を支持している訳ではないが)。そして自民党新総裁の人事を一瞥すると、そのことが判然とする。相変わらずの世襲・派閥政治であり、強欲・反動政治である。自民党の本質から考えて、日本の没落は確定したようなものである。
 『満蒙開拓の手記』を図書館で借り受けて、その実相を把握するために読んでみた。一般開拓団約22万人と満蒙開拓青少年義勇軍11万の総勢32万人の凄絶な体験記の一部である。長野県から渡満した地域は「満州国」の、さらに東北部であるソ連国境付近が多いために、ソ連軍の参戦後は逃亡・帰国のために阿鼻叫喚の引き揚げ体験が大半である。文字通り侵略戦争の盾とされたのである。肝要な点は、それが国策の下で敢行されたことである。このことは忘れてはならないことである。戦後補償は軍人・軍属ばかりで、遺族会は戦後において終始一貫とした自民党の支持団体となってきたのである。これに反して、開拓の人々は一顧だにされずに放置されたのである。その惨状は先にこのブログ記事にも紹介したのであるが、こちらの手記の方が経緯と実情と戦後について詳細であり、青少年義勇軍たちや満蒙開拓に随伴した看護師や教師たちの手記もあって広範な記載となっている。夫や子どもを失いながら帰国した婦人たちは、侵略戦争の責任を問い(p122)、国への怨恨を吐露し(p185)、平和を誓う思いを訴える(p283)ものが比較的多いのである。そして、家産を始末して渡満した引き揚げ者には、「内地に帰っても、しばらく親戚の家を渡り歩いたが、誠に苦痛にみちたものでした」(p269)と、補償もなく白い目で見られて艱難は続いたのである。中国在留邦人の問題がその証左である。70年代までの平和教育から、今ではそれも忘却しつつある現代にあって、これらの体験記などの一級資料を渉猟することは、同じことを繰り返さないためにも意義があるのである。戦後の長野県教育においては、中央ではなく県独自の教科書で習った時代もある(現在は理科と生活だけとなっている)。科学的で合理的な思考が求められたのだが、現代においては、戦争体験者の負い目や苦難は記憶から失われ、一時的で右翼的感情や思いが横溢している時代なのである。自民党の総裁選(権力闘争)において、そのことが如実に顕現しているのを見たのである。

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