政治的責任のけじめの無さ
このコロナ禍の中で、東京オリンピックに突撃してゆくようだ。開催後には衰退への最後の一撃である大不況と新型コロナの蔓延が待ち構えているのではないか。1964年の東京五輪では、快晴の空の下で、田舎の年端もゆかない少年は、父母の稲刈り手伝いに励んでいたのである。ラジオで聴いた後、母にせがんで握りしめたお金を持って書店に向い、緊急出版した写真集を買い求めたのである。戦後の復興、高度経済成長とはまだ無縁で、麦藁葺の屋根の下で質朴な農家の暮らしだったのである。今や、アマチュア主体の五輪からプロの商業五輪と化して、「パンとサーカス」という見世物興行となっているのである。欲望と利害が渦巻いて、選手はその駒の一つであるという自覚もないのである。まともな感性を持つ人間ならば、すべてが空虚なのである。
「大陸の花嫁」とは、「満蒙開拓」移民の妻として中国東北部(満州)に渡っていった花嫁のことであるが、ソ連の参戦で関東軍は逃亡して、開拓団と大陸の花嫁たちは戦場に置き去りにされて、中国残留日本人孤児や中国残留婦人の悲劇を生むことになったのである(『日本歴史大事典』改変)。大陸の花嫁は戦争の人柱として犠牲となった国策花嫁である。総数は不明である。満蒙開拓移民が約32万人であり、帰国できたのは11万人余りなので、大陸の花嫁は、その半分の半分と推定して約2~5万人前後だろうか。長野県の開拓移民数は4万人弱であり、全国一位である。その半分の2万人の女性が大陸へ渡ったと推理される。大陸の花嫁は、客観的には戦場の盾として(国策)、主観的には「生活の貧しさから抜け出したい」(p52)という動機だったのだが、それは実態として侵略そのものであったのである。彼女らの阿鼻叫喚は、この本を読めば瞭然であり、ネットにも数々の体験記が残されている。「敗戦後は栄養失調や寒さや病気で骨と皮ばかりになって死んで行き、野っ原に捨てられてね、裸にされて、犬などに食べられてね」(p37)という惨状であり、他にも強姦や子殺しも体験し、関東軍は橋を渡ると壊して開拓団の婦女子は見殺しにされたのである(p93)。更に、兵隊と異なって大陸の花嫁には戦後補償もなかったのである。ここでも、その責任の所在が雲散霧消しているのである(p124)。国家と軍隊は人々を守らない。しかも日本人の政治的責任のけじめの無さは、戦前戦後も一貫しているのである。しかしながら、移民送出を推進した信濃教育会と、敗戦直後公文書を焼き尽くした長野県庁等の責任は消えた訳ではないのである。
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