没落する理由
日露戦争時の軍事郵便を分析した歴史書である。日露戦争とは、日清戦争から10年経過した時代の侵略戦争である。増税や債券発行だけでなく、外債をも募っての大日本帝国が敢行した総力戦なのだが、約108万人の兵力を動員して戦死者約8万人、傷病者約38万人を要して辛勝した戦争である。日清戦争の台湾獲得や清国からの賠償金をせしめた「成果」は、三国干渉によって頓挫させられたのだが、軍備の増強や尊皇愛国教育の強化などによって「臥薪嘗胆」の合言葉の下で準備されたのである。そういう意味では、日清戦争と日露戦争は一連の帝国主義戦争である。しかしながら、日露戦争の目的は、臥薪嘗胆説ではなく朝鮮支配であるという著者の結論は至当であると思われる。ロシアの満州・朝鮮進出は、為政者(山県有朋など)の利益線・主権線という主張を侵害して、東大七博士の意見書や「露国膺懲」の建白書などによって世論が醸成されたのである。とりわけ、日露戦争開始での兵士見送りは、全国規模で熱烈に郷土や軍隊や各駅々で実施されて、兵士たちは感涙に咽んで国家と自己を一体化させたのである(p53、282)。
筆者は、多くの軍事郵便を読み解いて、その特徴を五つに纏めている。即ち、①国家との兵士としての自己一体化②中朝への蔑視観③自衛として戦争を肯定④重大な失敗に対する無責任体質⑤教育や新聞などの情報操作である。但し、軍事郵便は無料でもあり、兵士たちの多くは、本音では望郷の念から自分の無事と消息を伝えているのだが(p226)、貧窮に喘いでいた時代にあって、軍隊内での優遇と皇国への忠誠を謳う軍人勅諭もあって、建前として軍務に服するより外はなかっただろう。そして、彼らを加勢したのは当時の多くの日本人だったのである(p275~6)。読了してみれば、著者の指摘するように(p293~4)、現今のコロナ禍における汚リンピック騒動の日本にも同じことが言えるのではないか。とりわけ著者が強調しているのは④の無責任体質であり、日露戦争後は、「戦死者と靖国神社とのかかわりが大きく」(p163)なり、忠魂碑が各地に建てられたのである。著名な経済学者であった森嶋通夫は、戦後の日本経済は戦争と共に栄えた経済であり、「没落しつつある場合には、なりふり構わず戦争に協力するだろう」(『なぜ日本は没落するか』)と予言しているが、それは予言ではないのである。そして、誰も責任を取らないのである。
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