« 絶望を希望に変えない経済学 | トップページ | 『農家が消える』 »

2020年7月21日 (火)

快癒を祈る

2020072108540000  大学時代の親友からの電話で、同級生が術後の経過がよくないとの連絡があった。聖書集会の繋がりである。職業高校からの、推薦入学ではない文字通り精一杯の進学であり、知り合いもなく、かつ貧窮していたのである。なけなしの親からの入学金5万円も支払って、生計すら覚束ない有様で、アルバイトだけが頼みだったのである(新型コロナの影響で困窮学生のことを想う)。だから、同県人の学寮のS先輩が心配してカネを融通してもらったり、日払いのバイトで糊口を凌いていたのである。夏休みに入ると即座にバイト尽くしで、それで授業料(その後のバカ高い授業料など才能を見捨てているとしか思えない自公政府の施策である)や生活費を賄っていたのである。奨学金が入って漸く大学生活が安定してきたのだが、それでも食費と書物の購入などのために、赤貧に甘んじた大学生活であったのである。衣類や履物はボロボロで、みすぼらしい貧乏学生そのもので、女子学生と付き合うことも、大学生活を「エンジョイ」することも、疎遠であったのである。ひとえに学問研究への憧憬があったのだが、それもままならなかったのである。ただ、大学時代は、何の実績もない、論文審査の極右教授を除けば、大いに恵まれたと思っている。
 その同級生は日本史学科の女子学生で、仄聞によれば、長野県送出の満蒙開拓団に関する研究を選択されていたのだという。自分は自分で孤独な闘いで苦悩していたのであるが、彼女は彼女で私的な悩みを吐露していて、大学内の無教会聖書集会において、キリスト信仰に救いを求めていたのだと思う(その聖書集会での原典購読においてコイネーを習得し、今でも新約聖書の冒頭や「主の祈り」を原語で口誦できている)。彼女の卒論選択は、彼女の内なる声に呼応していたのかと今でも思っている。直接話すことは少なかったのだが、お互いに精神的に相似していたのかも知れない。色白の顔色の中にも真剣な眼差しを覚えている。あまり大笑いすることなく、怜悧で内向的な表情が印象的である。その後は、信仰を守って公務員となり、結婚されて二児に恵まれ、定年して病に取りつかれたそうだが、時々、彼女のその後の人生を一顧することがあったのである。どうか病に伏している彼女が心身ともに快癒することを、衷心より願っている。

|

« 絶望を希望に変えない経済学 | トップページ | 『農家が消える』 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 絶望を希望に変えない経済学 | トップページ | 『農家が消える』 »