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2019年10月19日 (土)

私の「貧乏物語」

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 台風19号の爪痕は、当地でも莫大な被害を及ぼしている。千曲川の氾濫で、堤防の越水や決壊、橋脚落下や家屋の浸水など、その被害の全容が未だ把握されていない。職場の数人も被害を受けているが、微高地のために自分の所は災害を免れているが、とても他人事に思えない。政府は一週間も経て激甚災害指定を表明しているが、遅きに失するばかりか(当夜には政務を怠ってラグビー観戦を楽しんでいたそうである)、その補償額は微々たるものになりそうである。この政権になってから庶民の生活は苦しくなるばかりで碌なことはない。まるで悪病神に取り憑かれているかのようである。社会の腐敗、経済的格差、人心の荒廃など、閉塞感が蔓延して疲弊状態である。政治の改変が切迫している緊急事態なのである。2011年の東北大震災・原発災害でボランティア経験があるが、災害時にはボランティア頼みが当たり前になっていて、国や地方公共団体の責任を問うことは殆どなくなっている。行革といえば公務員削減ばかりが議論になって(むしろ現場の公務員は増員するべきである)、役所や図書館の窓口は非正規雇用の労働者ばかりになっているのである(非正規雇用比率4割の日本)。安穏とした一部の施政者への批判が最も求められているのである。金満が羨望される時代なのだが、それは河上肇の時代には「成金」にすぎないことを日本史の教科書で見たことがある。このことは、立川談志の信念でもあった(p15)。地方の職業高校出身の自分は、金がなくてバイトで食いつないだことがある。大学の入学金(50,000円)は親に出してもらったが、卒業するまでの(卒業しても)授業料(年間36,000円)も生活費も自分で稼ぐしかなかった。中には、実家に仕送りしていた先輩もいたのには驚いた。ほんの40年前まで貧乏が当たり前の時代だったのである。しかしながら、医学部の友人に付き添って、その友人仲間でフランス料理を食する機会があったが(エスカルゴを口にするのは、その時が人生最初で最後である)、清算で医学生の一人が親のカードで支払いしたばかりか、全員分の領収書を懐に収めたのには肝をつぶした。世の中には随分な金持ちがいて要領のいい奴もいるもんだと思ったものである(佐高信による慶応大での格差を実感した同様の話がある、p25~29)。しかしながら、貧乏の苦難は、「絶望した時が最後の負け」なのである(p168、小出裕章)。そして、権力には屈しない庶民の歴史にも学ぶべきである(宮本常一著作集21 庶民の発見、p21)。

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