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2017年10月

2017年10月22日 (日)

白色矮星としての日本国

32795428 終日の降雨のためにどんよりとした空模様で薄暗い天候である。これは今後の日本国の運命を象徴しているかのようである。午前の豪雨の中を投票し、後は家の中で読書と惰眠を貪っていた次第である。恐らくは極右政党の自民が圧勝するだろう(現選挙制度においては)。首都圏・関西と北陸・西日本の各地からの極右政党議員が続々と選出されるのは間違いない。戦後的繁栄の碌を食んでいる地方柄である。今やそんな時代でもないのだが、よりひどい破滅を望んでいるのであろう。歴史を振り返ると、日本人が漸く飢餓から脱出したのは昭和二十年代後半である。宮本常一は、「日本人が一応飢えから解放されたのは昭和三十年以降であった」と述べている(p28)。その後の経済成長によって、日本人の顔貌と体躯は変化に富んで腐臭を放っている。その中心となっているのが首都・東京である。
 物質文明の恩恵に浴している日本国であるが、「経済」成長神話にまみれているのであるが、しかしながら、それはあくまでも、空腹を満たしているということであって、食物輸入によって実現できているに過ぎない。戦後、農業の機械化は進捗したのであるが、これもまた労働が軽減化されただけに過ぎないのであって、特段に農業生産力が飛躍的に伸長して増産されたわけでもない。つまり、日本人は決して『飢餓からの脱出』に成功した訳でもない。一部では食糧安保論が論じられ、四割を切っている食料自給率の向上を目指している訳だが、これには自民党農政は本腰にはなっていない。なぜならば、日本は原料と食糧の輸入との引き換えに、工業製品の海外輸出で外貨を稼いだという成長戦略神話に未だに憑かれているからである。しかしながら、これは過酷な資源的収奪とエネルギー消費を拡大し、地球的規模の環境汚染と破壊を同伴させているのである。循環型の持続的経済が一部で模索されているのであるが、それへの過渡期であることも知悉しなければならない。国難くんと極右勢力によって、刻一刻と自滅へと向かっている日本国である。原発をより推進したり、脅威でもない北朝鮮を挑発・威嚇する方が、国民にとって余程の脅威なのである。

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2017年10月16日 (月)

バッタを倒すのは誰か?

2017100915270000 嫁さんに自家野菜の味を尋ねると、野菜の味が濃いことに納得してくれた。してやったりという思いである。スーパーなどで購入する野菜は、F1種の播種により均一で、農薬で虫食いもなく、化学肥料の多投により肥大化するであるが、概して生産者からすれば安値である。味は薄くて野菜独特の匂いもなく、はっきり言えば、石油で作られている。そういう野菜を食べてばかりいると、アレルギー体質になることは必定(このことは科学的には確定していない)であるのだが、ブヨブヨのさしが入った霜降りの人気に翳りが聞かれるように、野菜本来の味に回帰してほしいものである。自家野菜は、無農薬のために虫などに齧られ、ほぼ無化学肥料のために成長は緩慢であり、販売するには不適というデメリットがあるのだが、自家野菜としては過分である。この醍醐味は自作でしか味わえないものである。耕作放棄地が激増する時代にあって、家庭菜園やベランダ菜園ではなく、国民全体が自作農になる道(自作自食)という選択肢もあるのである。そうなれば、金があっても喰えない時代も夢ではないのである。兵糧攻め戦略である。

33602048 するすると読める本に出合った。バッタ博士の奮闘記である。儲かる仕事ではない。オーバードクターという言葉にあるように、日本では多くの才能が道端に廃棄されている。政治的意図もあり、大した権威でもないが、今後ノーベル賞など期待できないだろう。だって、こんな政治だもの。権力は無批判な無能者に掌握され、戦後の民主主義は幻影となり下がり、いざとなれば強行採決され続けてきたのである。戦後一貫として支配を続けてきた政党は、最高法規としての憲法を死守するつもりは全くなく、むしろ改悪を党是としている。対米従属の施策とグローバリズムに憑依されている始末である。そして原発再稼働・原発と武器輸出に邁進していて、極右政党そのものになっているのである。元々がそうなのだから。だから、そんな政党政治は何れ破局となるのは必然である。高々3割の、イカれた政党支持者によって人々が道連れとされるのは真っ平なのだが、無党派層が投票行為として動かなければ、石油によって生産された無味な野菜を齧り続けるより他はないだろう。もう一つは、日本という国家からの逃亡である。憲法改悪が目前に切迫している。今次の総選挙は歴史の結節点となる選挙なのである。

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2017年10月 2日 (月)

「農業は儲からない」のか?

2017100210190001_2 稲刈りを敢行した。朝からの曇り空であるが、所用でひと時、健康・歯科相談を終えると、直ぐに田んぼに出向き、家族の協力で稲架かけまで完了したのである。稲刈りに続き、稲架に掛ける作業、落穂拾いなどの細かい作業を終えると、心地よい疲労が全身を満たした。昼前から雨がそぼ降り出し、一人、昼食も抜いて稲架掛け作業を黙々とこなしていたのである。終了時には、雨が本格的に降り出したのであるが、次は畑に出向いて、大根一本、人参四本、キャベツ一玉、ネギ二本をおろぬき、序でに白菜の間引きを実行して、家へのお土産とした。すっかり帽子は濡れて、衣類も湿りがちで自宅に急行した次第である。遅い昼食は午後三時を既に回っていた。畑の周囲のりんご畑は、すっかり秋映やシナノスイーツが赤づいている。「収穫の秋」と言っていい頃合いである。

2017092812080000 「農業は儲からない」という言辞は、一般的には農業以外の分野の人びとから聞かれるのであるが、時には、就農した人や農家出身の人から耳にすると少なからぬ怒りを禁じえない。農業のことなど何も知らない元自民農林部会長であったコイズミシンジロウは、農協の協同を破壊して日本農業を崩壊させる提案をしたのだが、実にアメリカの意思を体現してきたのである。こうなると、野坂昭如が提案したように(これこれ参照)、農民は農産物出荷拒否という手段でストライキをしなければならない。少なくとも自給農業を目指すという手段で都市の人びとを開明させなければならない。世界的に見れば、農業従事者の中には反グローバリズムの声が日増しに高まっているのである。民進党の前原代表も、コイズミに負けず劣らず地頭が悪く、「(GDP)1.5%を守るために98.5%を犠牲にして良いのか?」とTPP妥結にのめり込む発言が記憶に新しい。農業のことなどまるで分っていない「口だけ番長」である。こんなだから、「絶望の党」に身投げする民進党解体の戦犯と成り果てているのである。同じ京都大学出身の長野一区選出の民進党議員は、よしみで、こんな輩に代表選で投票して、今頃になって困惑している始末である。自業自得である。農業のことについては、タイトルを手掛かりとして、いつの日か、本格的に持論を展開してみよう。

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