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2017年3月

2017年3月24日 (金)

汚い奴等

2017032420040000 今日は、タイの海外研修をした息子を駅まで迎えに行き、二人してその足で、「びんぐし湯さん館」の温泉でのんびり浸かりました。帰りには、懐かしさも加わって、愛媛産ぶんたん(ザボン)を衝動買いしました。息子は旅の疲れなのか、入浴後、早速、カツ丼を食らっていました。「(タイ料理は)辛くて酸っぱくて、やっぱり日本の方(和食)がいいわ」との感想でしたが、それはそれ、それぞれの国情がありまして、摂氏47度というこの乾季のタイ人にとっては、自慢の料理に違いありません。魚醤にも慣れていないのだろうが、息子所有のスマホ写真を見せてもらったが、彩がよくスープ状の汁物もあって、美味しそうな料理が並んでいるじゃないか、と思ったものでしたが、息子は息子で、ちょくちょくコカ・コーラを飲んでおりまして、このアメリカの飲料水を差し置いての、タイ料理についての批評は、全く合点が行きません。事前に私は所用で大阪との往来を致しました。大阪では日中12、3度の温暖でしたが、19号線を戻ると、信州では風の花が舞っていました。信州の春は、一月遅れで5度ほど温度が都会と比べて低いようです。下道を追いまくられての運転でしたが、やはり怖いです。一般道にもかかわらず、時速80km以上のトラックを含めての車が多かったので、気が抜けませんでした。19号は走行の車が少ないせいか、スピード過剰で坂が多いので気が気ではありません。路面には、くどい位に「追突注意」の表示があり、運転しながらの風景観察がままなりません。眺めると、それぞれの地域が平均化しているな、という感想を抱きました。大阪でも、惜しむらくは、ラーメン屋が増えました。大阪はやはり都会で、看板をはじめとした賑やかな喧騒に、逆に懐かしさを感じまして、もうしばらく滞在したかったです。東京のつまらなさと比較して、人間味と独特の文化が充満しています。維新を始め、政治的には五流ですが、これは本来の大阪ではありません。一週間もすれば、浪速には桜の開花宣言があるでしょう。造幣局の通り抜けもあります。10℃が開花のめどですが、気象予報士は数字のマジックを知らなさ過ぎです。数値と天気図を示せば分かったように説明しますが、自然とはそんな甘いものではありません。地学という科学ですらありません。大阪のおっちゃん=籠池さん、できたら日本会議も右翼も国粋主義者も愛国主義もやめませんか。その裏切りと嘘に懲りたのではありませんか。人として、「手の平返し」されての「トカゲの尻尾切り」、もしくは「梯子外し」や「仲間割れ」に同情しております。奴等は都合によって、論理でも利害でも分が悪ければ最後には逃亡します。天皇主義者でもありません。大阪府知事もアベ夫婦も高級官僚(官僚制の逆機能)も、人間として信用できない、汚い奴等です。

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2017年3月15日 (水)

改革は地方から

2017031511590001 冬越しした玉葱の苗が、寒さを乗り越えて残っている。黒マルチした玉葱の半分は生存できなかったが、籾殻で覆った玉葱は、健気にも三分の二弱は生き残っている。信州の冬は、積雪が問題ではなく、むしろ内陸性気候の大地の寒さは半端ない。氷点下が当たり前の如月の寒さを凌いで生き残るその生命力には感嘆するより他はない。籾殻の威力を改めて認識することとなった。昼前に、田畑の様子を初めて観察するために出かけた休日である。そして、抜けのある個所の補植である。半世紀前の川中島平では、寒さに強い麦作が当たり前なのであったが、現在では所々でしか眺めることができない。それほど、自然は一面では過酷なのである。したがって、農業は経済成長とは無縁なのである。農業の構造改革が一部で叫ばれ、成長産業化に腐心する政府の目論見は必ず失敗する。自然と風土を無視する政策は、大地と人間(文化)を殺してゆくのである。農業は人々に安定した食料を供給するのが使命なのであって、成長戦略などまったく無用なのである。それを切り破ると、土地の荒廃、資源の簒奪と枯渇、生態系の破壊、農業産業の棄損などの負債を負うばかりで、むしろ農業そのものの破壊となるのである。よく、日本には資源がないなどと脅迫する輩が跋扈しているが、むしろ、日本ほど資源豊富な国柄はない。自然と気候、土地と人民の存在である。有害な人間が政治や経済やマスコミや芸能界などを領導しているのであるが、これがいつまでも続くようであれば日本も消滅を迎えることとなるだろう。しかし、それでも生き残らねばならない。豊洲と森友問題など益体もない問題で大都市は腐臭を放っているが、改革はむしろ地方から勧められなければならないのである。だから、洗脳としての在京キー局TV番組は、今では、ニュースですら見ることがない悠々自適な毎日であるが、こんな田舎にも、昼過ぎの二回、オスプレイの往来を仰いでしまったのである。米軍横田基地と関山演習場とのそれであろう。沖縄の人々を苦しめている常在戦場化が少しづつ進んでいる様である。

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