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2017年1月 3日 (火)

差別排外主義との闘い

2017_2 新年早々、不快な思いをして温泉場を後にすることになった。仕方ない、こんな時代だから。それで、やや古い本であるが、『大正デモクラシー』(岩波新書、成田龍一著)を年末年始に読み込んでみた。彼によると、日比谷焼打ち事件を契機に、「国民」が登場し、「帝国」のデモクラシーが開花することとなった。主導したのは、言うまでもなく、吉野作造の「民本主義」である。米騒動は、「日比谷焼打ち事件以来の都市民衆騒擾の延長としての性格を持つ」(p89)という叙述には疑問を覚えるが(実際は全国闘争の様相を呈していたのである)、関東大震災(1923年、大正12年)は、都市住民によって、多数の朝鮮人や大杉栄などのアナーキストや社会主義者、労働組合幹部をなめ殺しにしたのである。ここが歴史の結節点であることは疑いもない、と思っている。都市住民の差別排外主義が蔓延し始めたのである。不況と恐慌の社会状況下、「改造」が左右から叫ばれ、支配階級は、「統合(普選)と排除(治安維持法)により選別的に「国民化」を図った」(p199)のであるが、政党政治の腐敗と汚職が茶飯事であり、これと闘う人士(労働者・農民・部落民など)は国家権力の弾圧と孤立の中で満身創痍だったのである。しかし、「時すでに遅し」だったのである。知識層の「民本主義」を乗り越えた民衆の闘いは続いたのであるが、インテリの怯懦と思想的脆弱性は、むしろ体制側を支えたのである(その中でも、山宣の闘いは心打たれることである)。そして、満州事変は大正デモクラシーを木端微塵に打ち砕いて、侵略戦争になだれ込んで行ったのである。故に、差別排外主義との闘いは、常に日本人に問われている根本問題なのである(これ参照)。

 宣治 <好むと好まざるとも やがて来る その日のために>

 新年にあたって、あの辞典を古本屋に売り払うことに決めました。東大系の学者が居並んでいるだけでなく、内容がお粗末過ぎるからである。元々、東大史学は日清・日露戦争だけでなく、先のアジア・太平洋戦争を使嗾したのであり、東大史学も、それに追随する山川出版も凋落したものである。大学受験で山川の詳説日本史を使用したが、今もって知識として以外、何の役にも立っていない。断捨離の時期が来ているのだろうか。次世代インターネットであるIoT(モノのインターネット)の時代には、自分はあの世行きであるから知らないが、要らないものは要らない。今年はどうなるやら。ブログ読者の皆様へのご挨拶は、この記事にアップした画像をご覧ください。

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