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2016年8月

2016年8月22日 (月)

都会は天国である

51bxjfhegjl__sx352_bo1204203200_ 前回のブログ投稿は大町市のことだったので、その続きをしてみよう。リオ五輪でバトミントン銅メダリストである奥原希望も大町出身であり、小説家である丸山健二も大町居住である。後者の方は十年来の不熱心の読者であり、前者の方はつい最近関心を持ったスポーツ選手であるから、大町にはそれほど熟知している訳ではない。実際、北アルプスの麓にある地方都市であり、積雪が多い地方柄であろうという観念しかなかったのである。同じ県内者がこの程度であるからして、県外者にとっては、(大町ってどこだ、安曇野なら見当がつくが・・・)、という程度であろう。また、大町が本当に安曇野であるかという疑問もあるが、大町市内の北部と南部では積雪量に雲泥の差があるそうで、南部が安曇野に掛かるということである。二人とも親が教師であることが共通している。ここ信州では、教師であることは一つのステータスであり、名望家として地域の役職を担うことの多い職業である。都会に出た時、そういう私も、出身が長野県と知ると必ず、「いい(美しい自然のある)所ですね」、「教育県ですね」と羨望の反応をいただくことがあったが、いわれる当の本人は戸惑うばかりだったのであるが、よく考えてみれば、彼らはイメージ先行の観念主義者だったのである。「観念的な人々にとっては都会は最適な土地である。自然のなかでの生活は精神よりもまず肉体を必要とする。問題なのは何を考えているかではなく、何をやっているかである」(p128)。この本は、安曇野の影の部分を批評しているものではあるが、そればかりではなく、都市と地方の問題をも浮き彫りにしているのであるが、むしろ、その方がテーマなのであり、それに気が付かない読者も多いであろう。でなければ、彼が引き続き居住している訳がないのである(続く)。

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2016年8月15日 (月)

夏休みの小旅行、大町へ

2u7zqdbdjybwtfm1471229318 息子と黒部ダムまで日帰り旅行をしました。元々、ゴールデンウィークからの企画でしたが、嫁さんは所用があって同行せず、今様の息子が、汚いヨレヨレの親父(笑)と同伴するとは思われなかったのですが、どういうわけか、二つ返事がありまして、二人で早朝に出立いたしました。夜更かしした息子は車中では寝ているだけ。扇沢駅前は満車ということで、途中の有料駐車場からバスに乗り換える時に、やっと目が覚めるという有様です。扇沢駅では、切符売り場前はトロリーバス乗換待ちの観光・登山客で列をなしていました。行列のお隣にいた年配のご婦人は、宮崎からの登山客で、仲間と立山連峰の縦走に挑戦するとのことでした。その割には軽装だな、と思いましたが、この好天気だからなのでしょうか。バス時間待合では、小便と風景を眺めて過ごすのが慣例でして、快晴の青空とカラッとした空気を満喫するのみです。黒部ダム駅ですし詰めにされた状態から解放されて降り立つと、ヒヤッとする程の冷気に包まれ、いよいよ220段の地中階段を登頂します。見ての通りです。これだけのことです。これで二人で往復5140円は高いです。眺望と冷涼な空気を感じるだけでです。関西電力はぼろ儲けですなあ(笑)。堰堤を往復し、レストハウスにて黒部ダムカレー(実のところ、カレーはあまり好きではありませんが)を胃袋に掻き込んで、直ぐに帰途に着きました。
2016081207320000 下界に降りると、ムワッとする熱気を感じて、何かとてもつまらない旅になりました。仕方がないので、行きの道中と同じように、大町市の田園風景をよく観察しました。水田の周囲は補植されずに空間が(ほかの水田では2~3mほどもあるものも)。あれは何の意味があるのか。カメムシ対策か、保水温のためか、とあれこれと考えました。そして次に向かったのは、大町市立山岳博物館です。お目当ての雷鳥は見ることができませんでしたが、雷鳥だけでなく展示物を、丁寧に系統的に、かつ視覚的に剥製や模型などで説明書きされていて、とても勉強になります。入館料400円は安いです。受付の人も好感を持ちました。残念だったのは、併設の動植物園が古びていて貧相だったことでした。動植物が少し可哀想に感じました。

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2016年8月 5日 (金)

甦生いたしました(笑)!

000_0314_00 もう十年垂(なんな)んと時は経過した。都市に生活していた当時は、妻子を養うために14時間以上働いていたものである。この写真は、休日に私が拵えた料理を写し収めたものである。鶏肉の照り焼きと、もろキュウとアスパラなどが添えられた洋食である。幼い息子がおかずに手を出している。苦しかったけれど、幸せな日々であった。私はその幸せな日々のことを忘れはしない。だが、今はどうなのか、自問せざるを得ない。極右の候補者が易々と当選するのは予想できたが、500万人もの愚か者が都市に巣くっていたとは驚きである。否、この事実は、都市こそ腐敗と戦争の根源であることをあからさまに証明したのである(過去の記事を参照)から至極当然なのである。日比谷焼き討ち事件は、階級闘争とは無関係に都市住民の戦争への渇望を顕現したものである。大正デモクラシーが形式的には招来したとはいえ、大陸への拡幅欲求は、地方の貧困が一方にあったのは事実であろうが、それを全面的に指嗾したのは都市であったのである(関東大震災)。近現代史の研究者の中には、今でもこのことを認めずに侵略戦争の要因を地方に転嫁している者が多い。現今のリオ五輪と東京都政などの報道は、息子に言わせれば、「うざい」の一言である。今では、我が家はゴールデンタイムとなれば静寂である。鬱陶しいバラエティ番組は見なくなり、教育番組かラジオかCD聴取になっている。ニュース番組も見なくなった。嫁さんがふと漏らした言葉は、「日本人も、やっぱり駄目だわねえ」であった。都知事選結果を評してのことである。日本のスポーツ選手が金メダルをいくつ取れるのか、という関心は異常である。そもそもオリンピックなど金目でしょ、なのである。Windowsのバグによりシステムダウンして逝去致しましたが、復旧に伴って、いつまでも安楽死していられないと蘇った次第である(笑)。

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