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2016年2月

2016年2月14日 (日)

国境を超えた平和

00169253 この著作集2の「戦争体験を生かす道」という表題の中で、宮本は幾つかの提起をしている(p207~218)。叙述の時期は、昭和40年の前半だから、宮本が57歳の頃である。宮本の戦争体験は、フィールドワークに専念した30代のことである。それを後顧した上での話である。なぜ召集もされずに学究に没頭できたのかは不明である(そのことを知ることも著作集を読み解く私的な知的快楽であるのだが)。いずれにしても、真珠湾攻撃による太平洋戦争の開始を耳にして、「血の気のひいていく思い」をしたのだが、「勝てる戦争ではない」という認識は、戦争体験者が戦後屡々使用した常套句で、その後付けは信憑性がないように思われる。事実、戦争末期に大阪府嘱託農業技術指導員として、供出実績の一番悪い被差別部落を訪ね、その区長に対して、「とにかくこの戦争に何としても勝ちたい、まけてしまえばほんとにみじめだ」と話しているのである(p215)。この言葉に対して、区長は「わしらは勝っても負けてもどっちでもいいんです。どうせ一番下にいるので、日本がおさめてもアメリカがおさめても大してかわりはないでしょう」と答えて、宮本は大いに感銘を受けたというのである。ここから、宮本の回答は、①戦後の平和社会の中にも戦争の残忍さと無責任さが残存している、②また、それから脱出するためには、一人一人の自己責任の意識の確立が必要である、③総力戦である現代の戦争においては、例外はないという考え方の確立が必須である、④最後に、国境も政府も超えた民衆同士の連帯によって平和への方策を模索することが戦争体験を生かす道と結論している、である。ここで注目したいのは、「民衆同志(ママ)の間にはもともと国境というようなものはなかった」(p216)という宮本の発見である。そういう観点からする民衆側の平和問題研究機関もしくは運動体は、未だに未熟のままと言わねばならないのである。

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平和の覚悟

33308038_2 この本の解説は、ノンフィクション作家の柳田邦男であるが、彼はそこで戦争の実体験を伝えてゆく重要性を訴えている。換言すれば、戦争の恐怖を語ることが戦争を阻止するために必要であるという考えである。戦後70年、日本国憲法の前文にある、平和を希求していくことによって国際貢献するのだという決意は、順序が逆になって、国際協調(軍事力)によって平和を実現するのだという主張に変わり、時の首相によって罵倒され、改憲が標榜されている状況である。戦争体験は風化され、90歳以上の戦争体験者の世代は、ほぼ他界している。解説者である柳田にしても、9歳以下の年頃の戦争体験なのである。では、平和を実現してゆくためには戦争を追体験すればいいのかというと、それだけでは無理と言わなければならない。人間の記憶と感情は時の経緯によって失われるのは必定であるだけでなく、怒りの昇華と「普段の努力」(12条)なくして実現するものではないことは言わずもがなである。パワー・ポリティクスによる政治は、学問的には国際政治学や国際関係論によって保障され、アベの唱道する「積極的平和主義」はその延長線上にある。だから、それらの学者はアベの徒党と断じてよい。また、軍事力による自国防衛とは、それが常に戦争危機を胚胎し、際限がないことから、防衛することも「平和」の実現もできないことを前提にしているのである。言ってみれば、二律背反の「平和」思想なのである(実際、人類の近現代史はそのことを証明している)。だから、そのためには平和と人権の思想を封じなければ不可能なのである。反戦平和思想だけなく、基本的人権(生存権)をも根絶することを使命としているのである。自民党の憲法草案は、そのことを如実に示している。積極的平和主義の、この二面性こそ暴露しなければならない事柄なのである。それでは、児童作家による19人が示している戦争の真実はどうだろうか。精査すると、長野ヒデ子と田島征三の文章が殊更印象に残った。長野の父は、戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)で入水自殺している。その体験から、彼女は、「父こそ自分の思いを封じられ自分とはちがう考えや行動を強制されるつらさとこわさを味わったのだと知りました。戦争のほんとうのこわさはそれなのです」と悟っている(p32)。また、田島は、廃棄物処分場反対運動の経験から、「でも、あしたも『反対』といえるだろうか?」と疑問を呈している(p51)。戦争の悲惨を感じているだけでは平和は実現しない。平和を望む思想信条を改変する社会的な強制を打ち破るような、確固とした信念が不可欠であり、必要とあらば、戦争を策動する政府を打倒するだけの覚悟も必要であることを教示しているのである。

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2016年2月 3日 (水)

姥捨て場の施策

33310048 元気な内は「介護」なぞ何の実感もない。当たり前である。しかしながら、いかに自信があったとはいえ、還暦を過ぎると自身の衰えを感じ、70歳の声を聞くと体のあちこちに悲鳴が聞かれ、80歳前にはついに認知が覚束なくなるというのが実情ではないか。社会的介護と叫ばれて久しいが、2000年の介護保険制度の施行によって、措置の時代はさておき、在宅介護へのシフトが始まっている。しかしながら、急速な超高齢化社会の到来で、制度改革が追い付かないというのが現実である。国の為政者や官僚どもは、こんなことも予想できない程の愚かどもであるが(東大や慶大などの出身者である。彼らの言動は、政府側に立つために全く信用に値しない)、投げやりの愚者としか言いようがない。自分たちが介護の受益者となれば安い対価で若者に面倒を看てもらおう、などというさもしさと傲慢には失笑してしまうのであるが、現時点の状況はどうかと言えば、この本の筆者が仄めかしているように、「最期は『施設で』と、割り切る高齢者(家族介護者)が多い」(p12)というのが実状である。要するに、介護施設は現代の姥捨て場となっているのである。著者は政府(厚労省)の審議会委員として様々な提言をしているのだが、財源論や政治過程論に阻まれている(この本の上梓も政策提言と反論の一つである)。しかしながら、国民の側の介護についての意識は、一向に改善されず、介護事件や事故が顕現した時に初めて意識化されるという事態なのである。そういう意味では、将来的にも、介護に関して家族や親を支えるためにも、この本の意義は相当あるだろうと思うのであるが、国自体が姥捨て場を模索するような施策を講じているのを知らないようでは、如何ともし難いとしか言いようがない。ましてや、戦術(政局)を弄び、政治哲学もなく何の解決もできないアベ政治では、いよいよ悪化と破局に向かって、粛々と進行してゆくのである(これも参照)。

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