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2015年3月

2015年3月27日 (金)

生存を否定する為政者

32208052  歴史を語る上での重要な視点には、二つが必要なのではないか。一つは、庶民がどのように生き死にしたかの実相を捉えることであり、二つ目は、それが現在の我々に何を訴えているのかという観点である。この場合、国家観や英雄史観などを持ち出す歴史観は唾棄すべき代物であり、明治維新観や司馬史観など笑止千万である。いのちの序列化を承認し、人々の生活や生命は度外視されてゆくからである。昭和恐慌期の特徴は、欠食児童、乳幼児死亡、娘の身売り、非衛生的な衣食住、親子心中など、「生存の仕組みが大きく崩れて生存自体が問われた」(『戦争と戦後を生きる』大門正克、p23)ことにある。アベ首相の発言の中の、「しっかりと」や「切れ目なく」という言葉の中に、有無を言わせず独断的に世論形成するあり方を見るにつけ、人々の生存を否定する思想を臆面もなく宣布する姿に、あのような時代が再び到来する懼れがするのである。この時代、学童疎開した吉原幸子の日記には、国家への務めとして少国民の決意表明に、「しっかり」という字句が頻出しているのであるが(同上、p143~)、それは同時に、中国・朝鮮、アジアへの民族的蔑視観に支えられていたのである。日中戦争当時、軍部作成のスローガン「暴支膺懲」が叫ばれていたのである。人々は、こうした差別排外主義に毒されて、不安と熱狂が醸成されて侵略戦争に突入したのである。日本の総力戦の特徴は、根こそぎ動員にあり、そのための国民生活擁護の高唱とその下での国民生活水準の低下という二つの相反する傾向にあったと分析されているが(p150)、軍部の台頭と革新官僚の果たした役割をつぶさに観察すると、その罪状は計り知れないと言えるだろう。革新官僚は、戦後にも体制の中で残存して現在でも生き続けているのである。岸信介は、日米開戦の詔勅に署名をしたのだが、A級戦犯としての罪を問われることなく、逆にアメリカのエージェントとして首相に上り詰めている。そして、今でも彼らの子孫が政権を担っているのである。筆者は、「日々の暮らしのなかで、しがらみを断ち、強いふるまいに同調しないつながりをつくること」(p357)こそ重要であると開陳しているが、それだけでは戦争への潮流に抗することはできないであろう。

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2015年3月15日 (日)

己を顧みることのない情感

33212837  ネトウヨとは異なり、朝鮮人や中国人を嫌いになったことはない。在日朝鮮人の存在を目の当たりにしたのは関西に在住するようになってからなので、むしろ遅きに失したと言えるだろう。歴史の知識として学んではいたが、実体験するに至ったのは、大分、齢を重ねてからである。優秀な医学生のK君との交誼や、糾弾された医療学生のSさん、選挙権の無いことで困惑したKさん、鶴橋駅のガード下で朝鮮食材の販売に勤しむオモニとの会話、女子朝鮮高校生が着たチマチョゴリ(オッコルム)の美しさなど、楽しい想い出が尽きない。彼らとの関係は、毎度のこと、目からうろこが落ちる新鮮な感覚と感動を覚えたものである。この新書にある御幸森、舎利寺、猪飼野、百済、今里、高井田など、かつて徘徊した街並みを懐かしく想い出す。著者は、戦前の植民地下の朝鮮に生まれ、「国体明徴、八紘一宇の皇国史観を体現して大東亜共栄圏建設に率先して邁進する」(p66)皇国少年として成長し、解放後は一転して、分断統治に反対した済州島四・三事件の当事者である。その後、弾圧を逃れて日本に避難した在日朝鮮人である。尊名は伺っていたが、著書を読んだことはないのでこの機会にその回想自伝記を通読してみたのである。四・三蜂起の実体験が生々しく、その非合法・非公然活動を興味深く読むことができた。叙述は詩人としての本領が発揮され、苦難を感じさせないものになっているが、読者はこの詩人の身上を想像力を持って補うしかない。彼にとって〈在日を生きる〉とは、南北統一を願う在日朝鮮人として生きることであると想像させる(p278)。その課題は、統一ドイツとは異なって、まだまだ実現していない(南北分断の原因は日本の植民地統治支配である)。彼の詩作は、自分の内部に巣食っている日本との対峙であり、日本語への報復として結晶していると思わせる(p254)。皇国少年の時代に親しんだ日本の童謡や抒情歌の中に、「己を顧みることの無い情感」(p53)を発見している(これ参照)。文中には、まともな日本人からすれば、「日本は絶対、心根のやさしい人々の国である」(p250)という違和感を覚える一節があるが、むしろ、だからこそあの残虐な侵略戦争を断行できたのである。このところ、日本(人)は素晴らしい、外国人も賞賛しているというテレビ番組が垂れ流されているが、この風潮には余程の警戒感を持たなければならないのである(これも参照)。

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2015年3月 7日 (土)

「いのち」の序列化

32194422  「いのち」の序列化をキーワードとして、日清・日露戦争から日中戦争開始直前までの近代史を俯瞰する歴史書である。皇国史観や英雄史観とは無縁な人々の生活と闘いからの歴史叙述である。その意味では、すんなりと興味深く読了することができた。「いのち」の序列化とは、帝国主義の(内外の)植民地支配の謂いである(p11)。既に、主導線と利益線という考えを示し、「日本の防衛のためには朝鮮半島を確保する必要があることを強調していた山県有朋」(p245)等の藩閥政府は、日清戦争の時点ですら中国大陸への野望を抱いていたのである(p53)。恐らく、戦前の侵略戦争の始原は明治維新にあるのではないかと見当をつけているが、維新政府の制定した憲法と教育体制の中で、日清・日露戦争の勝利と挫折を通して、日本の民衆は「帝国意識」(p83など)に包摂されたことは間違いないだろう。それが侵略戦争の主要な要因であり、それが敗戦へと一直線に突進したのではないか、と睨んでいる。山川菊枝は、日本人にとっての真の問題は、「偏狭な郷土的愛国心と民族的優越感の問題」であるとして、それが「日本人自身の解放の最大の障害になっている」と指摘したそうである(p328)。では、中間期の大正デモクラシーとは何だったのか。それはごく一部の知識層の思想運動であり、貧困に沈んでいた半分もの民衆にとって、ほとんど意味を成さなかった、と言えるのではないだろうか。それ程、政治と政治家に対する民衆の徹底した不信感があったのである(p349)。関東大震災という大惨事に乗じた軍・官憲と都市住民は、無辜の朝鮮人・中国人と、闘う労働者や大杉栄への虐殺事件を惹起して、都市と知識層の持つ意義すら奪って行ったのである。侵略される側の苦しみや悲しみなど思いもよらない時代であったのであり、それは、現今のアベ政治の言動とイデオロギーの中にも通低する狭隘な意識である。

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