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2015年2月 8日 (日)

鯛は頭から腐る

33191508  満州事変(1931.9)の前後に、当時の東京帝国大学の意識調査が行われている。事変前のそれでは、学生の88%が満蒙のための武力行使を正当であると答えている。また、事変後のそれでも、九割の学生が満蒙を日本の生命線と見做し、武力行使を容認している(『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』p260~263、他)。ちなみに、契機となる柳条湖事件が関東軍総意の謀略であることは歴史的事実と証明されている。軍部の独走を支える人々がいたのであり、日露戦争前の1903年には、帝大七教授事件において、桂太郎内閣に対露主戦論を意見具申していたのである。侵略戦争の意識は醸成していたのである。日露戦争の負債は厖大であり、三国干渉への反感だけでなく、中国・朝鮮に対する差別意識は言葉として人口に膾炙していたのである。だから、むしろ中国に対する懲罰として侵略戦争を至当と考えていたのである。翻って、今日のアベ首相が、「罪を償わせる」としていきり立って宣戦布告するという危うい時代が到来しているのである。政治家のほぼ全員が対テロ戦争に賛同しており、財界も司法も学会もマスコミも、雪崩を打っている状況である。政党政治の腐敗、財閥の支配、軍閥の跳梁を批判し、農山漁村の疲弊の救済を掲げた皇道派は、主として農村の兵士を部下とする隊付(青年)将校であった。彼らは幕僚層に対して批判的であって、統制派に敗れて、より拡大した日中戦争への契機となっている。こうした歴史的経緯を見てみると、当時の日本の支配階級やエリート層が侵略戦争を先導したのである。彼らの責任を追求してゆくことが歴史の研究であるが、それが喫緊の課題である。地方とは無縁の、都会出身の世襲議員である遼東の豕(いのこ)に政治を任せていてよいのだろうか。彼らは、敗戦直前においても、和平派にせよ戦争継続派にせよ、「国民の生命と生活ということは、ほとんどぬけおちていた」(改訂新版『日本の歴史7』ほるぷ出版、p217)のである。

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