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2014年9月

2014年9月17日 (水)

戦争が始まっている

33066474  中東研究の第一人者らしい。「らしい」というのは、よく知らないからである。そもそも、東大・慶大系の学者は信用していない。坊ちゃん・嬢ちゃんの出自がほとんどで、単なる研究者に過ぎないのであれば、面白くも何ともない。中東に石油資源を依存する日本が、中東の「安定を望んで」西側諸国(正確にはアメリカ)に追随し、内政不干渉の原則を捻じ曲げて、大量破壊兵器の保持という虚偽でイラク侵略戦争(2003年)に加担したのは、まだまだ記憶に新しい(2004年)。それまで構築した中東親善外交が破棄され、日本が中東諸国の敵になった歴史的瞬間である。それは同時に、日本政府は中東における戦略的外交と情報を失うことなり、アメリカに隷従するようになったのである。中東問題について、日本政府が寄与することはなくなったのであり、アベの歴訪は、一部の王政国家を除けば、アラブ・イスラム諸国はあり得ない。筆者の言うように、親日感情の強い中東諸国が、「イラク戦争以降、ばったりと(日本との関係を)途絶えている」(p195)のである。日本はどん詰まりに嵌ってしまったのである。一体、どのようにだろうか。右翼・ファシスト政権(第二次アベ改造内閣)の誕生である。『花子とアン』という、大本営テレビ局の連続テレビドラマが耳目を引いているようだが、事実は、花子は率先して戦争協力したのであり(殆どの文学者・文化人は戦争加担した)、それはクリスチャンとしてあるまじき行為であり、その信仰が怪しまれるのである(殆どの日本のキリスト教会は、未だに戦争責任を放棄している)。それで、このところの朝日バッシングであるが、3Kとゴミ売りだけでなく、俗悪な週刊誌が続き、アベと右翼閣僚が恫喝する事態にまで発展している。政府の提示する、伏字のある「吉田調書」など全く信用のならないものであり(調書内容が、人災の原因と事故対応そのものについて、極めて曖昧な証言の羅列である)、「吉田証言」にしても、従軍慰安婦の存在自体を否定するものではない(むしろ国の関与を秘匿して行われたものであり、国際社会はその人権侵害そのものを問題にしているのである)。朝日新聞を叩いてメディア統制しようという恐るべき事態が進行しているのである(特段、朝日を擁護する理由もないが)。
 で、この本であるが、各章・各節の要約が最後に纏められているのがよい。しかしながら、「想像力と共振性の欠如が深刻な対立を生んでいる」(p213)と抽象的に述べているだけでは説得力に欠けているのではないか。中東を語る時には、欧米帝国主義の歴史的関与を詳細に開示しなければならない。でなければ、中東の人々の苦悩を理解できないだろう。また、彼らの多くの歴史的証言が必要である、と思う。ジュニア新書であるので、対象読者の関心を引くという入門書としての限界を感じながら読了した次第である。

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2014年9月 1日 (月)

溶解する日本

33105796  どうにも憂鬱である。仕事場の同僚と話しても、テレビや新聞を見ても、フラストレーションが蓄積するばかりである。これは自業自得なのかも知れない、とも思えるのだが、そうとばかり言えるのだろうか。24時間テレビの感動と奇跡の押し付けや右翼政治屋や御用アナ・キャスターの容貌や言説を眺めるにつけ、不快感と失望感を禁じえない。吉本芸人とジャニ・タレが出てくると早速チャンネル換えをするのだが、どこの局も似たり寄ったりの番組で、ましてや犬HKのニュースなど、頭が割れるような感覚に襲われて、結局はスイッチオフとなる。ネットを開いてみても、ウヨがウヨウヨ生息していて参考にもならない。一体、どうしてしまったのだろう。アベ政権の内閣改造など何の国民の役には立たないし、相変わらずのお友達内閣である。時代錯誤の右翼が入閣しているのである。防衛省は来年度予算概算で5兆円を要求して中国と事を構えようとしている。元々、2006年にアベは、「(原発の)全電源喪失はあり得ない」と強弁しているが故に、福島原発の人災事故の主犯格なのであり、この内閣が国民の生命と財産を守った例(ためし)は一度もない。広島土砂災害では、悠長にゴルフに興じていて、別荘に舞い戻っているのである。最後の一人まで解明すると大見得を切った年金問題はどうなっているのか。拉致問題は解決しているのか。財政破綻は誰の所為なのか。よくもまあ、こんな無責任の輩が権力の座に居ついているのかと呆れ返ってしまう。しかしながら、これを許しているのは国民であることを忘れてはならない。日本人は何度でも同じことを繰り返す。これは予言でなく、事実である。
 「ユマニチュード」の方法については、この本を読んで概ね理解できたが、半分当り前なことであり、半分嘘くさいというのが感想である。病院でのケアの多くは、規則に従わない患者にとっては強制ケアとなっており、それの対策のために、外国の事例や他の病院のそれを次から次と繰り出して内部研修が大流行である。多分、これもその一つであるだろう。ユマニチュードの方法に奇跡の事例を散りばめているのもその証左である。むしろ、強制ケアを強いられる病院従事者の内実こそ問題にしなければならないだろう。

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