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2014年7月10日 (木)

無謀な日本(陸)軍

33034564_3   日本軍が敗戦間際に本土決戦を準備していたことは間違いない。現在の長野市松代に皇居と大本営を造営していたからである。勝算の見込みは全くない。そもそも緒戦からして到底勝てる相手ではなかった。日本軍は、特に長州閥の陸軍(山県有朋)は、何の信念も無く、偶然に日清・日露戦争において、多大な犠牲を伴いながら「勝利」したため、日本の破滅のために貢献したばかりか、最後は逃げの一手に乗じたのである(関東軍)。それ故、かの首相もこのような運命を辿るのは間違いない。その悪影響は計り知れない。関東軍の兵士は南方に送られても何の役にも立たず、怒涛の敗北を余儀なくされたのである。ミッドウェイー会戦の敗北に始まり、作戦が暗号解読されて殆どの兵士は追い詰められ、軍人・軍属の死者のうち、約六割は餓死だったということである(『餓死した英霊たち』藤原彰、青木書店)。ロジスティックも無視した無謀な戦争を指揮する大本営参謀や国家指導者どもの罪は際限なく重い。
 中学生の時の月曜の朝礼で、戦争体験を披瀝した教頭の話を聞く機会があった。捕虜となって食パンにあり付けたことの喜びを吐露し、反戦平和への思いを強く訴えた内容であった。戦後四半世紀以上経過したことだから、教頭は漸く心の整理がついて、沈黙を破る決意が感じられた。
 ところで、この本は米軍から見た日本軍の考究であるが、著者の関心は日本陸軍の実相を捉えることである。なぜ負け戦である戦争があれだけ長引いたか、という問題意識である(p13)。既に半年で勝敗の雌雄が決していたのであるが、「善戦敢闘」の中身が問題となっている。戦争前半の奇襲・包囲戦法が放棄され、後半には追い詰められた末に水際での敵撃滅を諦めて、長期抵抗の「洞窟戦法」が採用される。負けを認めない故にフィリピンや硫黄島・沖縄戦で敢行され、本土決戦へと推移してゆくことになる。大筋の流れは把握できたが、少し米軍報告書に依存しすぎた内容になっている。司令部が本当に本土決戦を水際抵抗で戦うことに回帰して、米軍もまたそのように予想していた(p237~240)のか疑問である。また、著者は、日本軍=玉砕の軍隊という決め付けに反対し、「日本軍上級司令部の冷酷な統帥ぶり」を真に批判するべきだとしているが(p211)、これだけでは戦争責任の所在と明治維新以来の歴史を曖昧にしてしまうだろう。統帥ぶりで戦争が総括されてはたまらない。また、些細なことだが、米軍報告書にある日本人か否かの「l」と「r」の仕分けは(第一章冒頭)、中学英語で学んだこととは正反対の指摘であり、報告書の瑕疵となっている。故に、米軍報告書だけで日本(陸)軍を総括するには無理があると思われるのである。

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