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2014年2月20日 (木)

百姓≠農民

33012797 歴史を疎んじる者は歴史に裏切られる。教育の中で学ぶ日本史は、天皇と戦乱の歴史学習が大半を占め、全く興ざめする内容であった。特に、幕末・維新以後から敗戦までの近代は、多くの右翼為政者の見解とは異なり、愚劣な天皇親政・取り巻きの権力闘争ばかりで辟易するものであった。戦後の総決算と称して靖国神社に参拝し、そんな時代の回帰を夢想している復古主義者が東京都に60万人以上いることが判明して、寒心に堪えない。明治から昭和25年頃までの時代は、民衆にとっては殆ど食うや食わずの貧窮の時代であり、そんな時代を追懐するのは尋常沙汰ではない。それならば、江戸時代はどうであったか。幕藩体制(武士による支配)による圧制と石高制による苛斂誅求、鎖国政策と経済的困窮、幕政改革と大飢饉など、日本史教育の中で、江戸時代のイメージは殊更悪い。しかしながら、近年の学問研究によってこうしたイメージが再検討されている。これはその一環の、村と百姓のイメージを覆す成果である。一橋大学の一般学生向けの講義であるので、非常に分かりやすい。そのテーマは、「暗い江戸時代」「領主にしいたげられた百姓たち」といった歴史像の見直し、百姓と村の実像を描くことである(p268)。江戸時代の村は、生産組織と共に生活組織であり(p31)、「家」の形成という点で、日本史上画期的な時代であったのである(p101)。現代生活にはそこかしこに江戸時代の匂いがするのであって、実際、1970年代以前の時代は、地方においては、江戸時代さながらの職住一致の生活を営んでいたといっても過言ではない。村落共同体には、確かに相互規制と監視の中にあったが、同時に相互扶助というセイフティーネットとしても村の機能があったのである。村方三役は、「村全体のために尽くすことが求められ」(p42)、「経済活動には公益を考えるモラルが要請されていた」(p34)のである。支配され、抑圧される受身の弱者として、テレビ時代劇には悲惨な百姓たちがよく表象されるが、それは実像とかなり懸隔している。一転、現代の日本社会はどうか。強欲経済に絡めとられ、人々が均質化し右傾化している惨状である。
 
 真央ちゃん、お疲れさま。二、三年間は、ゆっくりバッシングや雑音を避け、窮屈な日本社会から離れて、休養することをオススメ致します。(追記 試合が終了して真央ちゃんがインタビューに応じてペラペラと喋りたてる様子を見て、失望しました。商業ベースに乗って競技を続けるにしても、同じ結果が待っていることだろう)。

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