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2014年2月

2014年2月28日 (金)

『大杉栄伝』

33037738  「人間の屑」と批判されて、どうぞと開き直る首相とその取り巻きに、なぜ鈴をつけることもできないのか。それは、彼らが現今の日本人そのものであるからである。その淵源は右翼宰相・中曽根に遡る。労働組合と運動を叩き潰し、人々に右翼思想を蔓延させてきたのである。書店の前面には右翼雑誌と書籍が占拠し、「失われた20年」というデフレ不況がそれを加速化していたのである。ネトウヨの台頭は、さらに輪をかけてナショナリズムへと傾斜している。この基盤に屹立したのがアベである。しかしながら、アベ首相の言動は嘘と放言に満ちており、その政策は一度も実現した試しはない。年金問題の放置、災害復興への無関心、原発の推進と輸出、景気のトリクルダウン理論の欺瞞とアベノミクスの破綻など、国民の生命と財産を守ることとは程遠い歴史修正主義の政策にのみ、現を抜かしている始末である。公約と違う政策に邁進する人間が一国の首相となっていること自体、異常なことである。彼はどんな人物なのか。それは「オレ様」の一言に尽きる。それ以上でも以下でもない。人々の生活は目に入らず、他人の批判や諫言は耳に入らないのである。そして、吹き溜まりの人間ばかりと付き合っている(イヌアッチイケー委員の長谷川〇〇子が、学問的業績もなく大学教育にも関心と貢献もなかったことは委細承知している)。毎晩のように遊興して、私邸に閉じこもっている。豪雪被害にもかかわらず、料亭で天麩羅を愉しんでいるものだから、「天カス首相」とも呼ばれている。間違いなく、日本(人)そのものを毀損し、破滅に追い込む人物なのである。
 久しぶりに面白い著作に遭遇したものである。まず、筆者の来歴が振るっている。大学院を終了しても週一コマの非常勤講師としての仕事しかなく、年収50万という貧乏暮らし。婚約者には説教され、疎んじられる。年金暮らしの両親との同居。おまけに、奨学金635万もの借財を負っている。究極の学究生活である。文系の院卒だけでも大変なのに、大杉栄の研究であっては、このような冷遇は巷間では「常識」である。何の役にも立たないのである。にもかかわらずである。そんな生活にもかかわらず、作者は大杉栄に心酔している。大杉栄のその人となりとその生き様に共感する所以はどこにあるのか。周知のように、大杉は社会主義者からアナーキストへと必然的に転じている。東京外大を卒業して語学に通じ、『種の起源』や『ファーブル昆虫記』を初訳している。大逆事件にフレームアップされた幸徳秋水の影響を受けて、アナーキストとして自己を確立しているのである(以下、次回に続く)。

 蛇足ですが、長谷川さんについて、菅官房長官が「我が国を代表する哲学者」と言明したそうですが、そのように思っている哲学者は、日本には一人もいません。ましてや、肝腎な思索や研究に邁進しているはずの哲学者が、なんでイヌアッチイケー委員なんかに就任しているのか、訳がわかりません。

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2014年2月20日 (木)

百姓≠農民

33012797 歴史を疎んじる者は歴史に裏切られる。教育の中で学ぶ日本史は、天皇と戦乱の歴史学習が大半を占め、全く興ざめする内容であった。特に、幕末・維新以後から敗戦までの近代は、多くの右翼為政者の見解とは異なり、愚劣な天皇親政・取り巻きの権力闘争ばかりで辟易するものであった。戦後の総決算と称して靖国神社に参拝し、そんな時代の回帰を夢想している復古主義者が東京都に60万人以上いることが判明して、寒心に堪えない。明治から昭和25年頃までの時代は、民衆にとっては殆ど食うや食わずの貧窮の時代であり、そんな時代を追懐するのは尋常沙汰ではない。それならば、江戸時代はどうであったか。幕藩体制(武士による支配)による圧制と石高制による苛斂誅求、鎖国政策と経済的困窮、幕政改革と大飢饉など、日本史教育の中で、江戸時代のイメージは殊更悪い。しかしながら、近年の学問研究によってこうしたイメージが再検討されている。これはその一環の、村と百姓のイメージを覆す成果である。一橋大学の一般学生向けの講義であるので、非常に分かりやすい。そのテーマは、「暗い江戸時代」「領主にしいたげられた百姓たち」といった歴史像の見直し、百姓と村の実像を描くことである(p268)。江戸時代の村は、生産組織と共に生活組織であり(p31)、「家」の形成という点で、日本史上画期的な時代であったのである(p101)。現代生活にはそこかしこに江戸時代の匂いがするのであって、実際、1970年代以前の時代は、地方においては、江戸時代さながらの職住一致の生活を営んでいたといっても過言ではない。村落共同体には、確かに相互規制と監視の中にあったが、同時に相互扶助というセイフティーネットとしても村の機能があったのである。村方三役は、「村全体のために尽くすことが求められ」(p42)、「経済活動には公益を考えるモラルが要請されていた」(p34)のである。支配され、抑圧される受身の弱者として、テレビ時代劇には悲惨な百姓たちがよく表象されるが、それは実像とかなり懸隔している。一転、現代の日本社会はどうか。強欲経済に絡めとられ、人々が均質化し右傾化している惨状である。
 
 真央ちゃん、お疲れさま。二、三年間は、ゆっくりバッシングや雑音を避け、窮屈な日本社会から離れて、休養することをオススメ致します。(追記 試合が終了して真央ちゃんがインタビューに応じてペラペラと喋りたてる様子を見て、失望しました。商業ベースに乗って競技を続けるにしても、同じ結果が待っていることだろう)。

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