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2013年10月 4日 (金)

悪魔の市場原理主義

20131002095600  稲刈りが終ってはざかけへ。こうして米本来の旨味を熟成させる。近年、はざかけによる自然乾燥の効用が見直され、元々あったこの川中島平の米作の風習が一般化しているのはいいことである。しかしながら、今年はわが家の稲は肥料の多過のためなのか激しく倒伏して、稲刈りは機械による省力化で短時間で終るが、落穂や刈り残しが多くて稲穂の拾いに追われるという有り様である。以前はスズメをはじめとした鳥たちが落穂を漁っていた記憶があるが、近年はとんとその気配も感じない。共存共栄の自然界であった状態の異変を感じる。賃金労働者ゆえの休日農業なので、未だ落穂拾いは終了していないが、それ程、寄る年波による体力の衰えと稼ぎとしての労働の疲労が身に堪え、臥床して身体の回復に執心してしまっている次第である。そんなこんなで、今年の米作の出来はどうだろうか、と寝床でつらつらと思いやる日々である。今年の半農半○の農業は終了しようとしているが、少しは複合・自然農業に近づけたのかという複雑な思いもある。まず、どんなこともあっても主食だけは食べてゆける農業へ。そして自然循環の農法へ。クダラナイ都市文化でなく、新たな歴史を刻む農業文化へと思いを馳せるのであるが、多分、この夢と希望は達成されないであろう。市場原理主義の世界的な席巻とグローバリゼーションによる絶対的な支配関係の強化は、(東北大震災と福島原発事故という)大災害を契機に多国籍資本が国家の政策決定までをも支配して食い潰してしてゆくのを現下にまざまざと視認しているからである。

 

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