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2013年4月

2013年4月22日 (月)

最遅の雪景色

20130420104730_9868  昨日は、長野気象台観測史上最も遅い降雪・積雪となり、夜が明けると一面の雪景色に驚いたものだった。この日の長野マラソンのランナーたちは、さすが信州だと感嘆したのではないか。冬季オリンピックを記念する長野マラソンであるが、善光寺平(川中島平)の名所を駆け抜ける景色は、市街地や農道や土堤などを通り、雪嶺を遠望したり、桜や桃や野の花で彩られ、最後は、飯縄山が眼前に出迎えてスタジアムに駆け込むコースである。眺めが良過ぎて疾走に集中できないロードレースである(笑)。この日は雪や霙が降りかかり、濡れた路面の悪条件で大変なことだっただろう。桜前線は通り過ぎ、桃の花が満開になってのこの降雪ではあるが、そろそろ耕作も本腰になってやらなければならないのだが、雑用や怠け癖のために田畑を見回りに赴いただけである。雑草が繁茂し出しているのである。耕耘と施肥を急がねば、と思っているだけである(苦笑)。ここ信州では、この時期の農家の心配は霜害である。八十八夜が過ぎても、まだ心配である。二・三年前には、五月半ばの降霜があったのである。

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2013年4月16日 (火)

大正期の子ども

30778101  写真からどれだけのことを読み取れるかの訓練を毎日している。第2章の大正時代から昭和初期(1913年~1930年)の、大正デモクラシーから昭和恐慌までを読み進めた。子どもの姿は、和装に長めの白いエプロンを上に着用し、下駄履きが一般的な服装である。昭和になると、次第にワンピースや学生服も普及してくる。大人は殆ど和装であるが、昭和に入るとモダンな洋装が増えてくる。和服の知識はないので(半纏と浴衣ぐらいしか着たことがないから)、その文様や生地について不明のままである。高々、普段着と晴着の違いぐらいしか分からない(母の箪笥を探れば多少は分かるかも知れない)。昭和初期の男子の様相は、昭和30年代のそれと同じである。大正期の信州は、教育の普及に伴って、信州教育の全盛期である。画一的な教育を排して信州白樺運動が広がり出したのである。童謡・唱歌や詩作や綴り方運動、さらに自由画運動の試みが次々と唱道されたのである。教育県長野の誉れはこの時代の信州教育によって成立するのだが、川井訓導事件(1924年)から始まって二・四教員赤化事件(1933年)で終息する(ちなみに、アララギを再興した歌人・島木赤彦も、明治から大正期の信州教育に貢献している)。この時代の信州は、蚕糸王国でも教育王国でもあったのである。それは、換言すれば、生活の起伏と貧窮が身近にあったにも拘らず、理想を追求する時代でもあったのである。子供たちの顔には、暗澹としたものはなく、一様に明るい表情をしている。

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2013年4月 3日 (水)

介護と貧困・戦争

51zehfaeyfl__sl500_aa300_  図書館から借りてきたこの本。この本への著作権侵害ということで販売停止になっているとのことだが、そんなことは読者に無関係なので全部読んでみた(これも参照)。近年の介護業界では、evidence(科学的根拠)が重要視されるようになっている。介護技術の専門性向上が模索され、進展しているのである。利用者主体(自立支援)のために、「介助しない介護」へと介護技術は変化していることを知らない介護者も結構多い。他方、介護サービスが単なるサービスではなく、利用者の尊厳の保持のために、「おもてなし」のサービスへと深化しようとしている。だから、介護福祉士試験では、介護の基本であるコミュニケーション(能力)を問う問題が増えつつある。介護知識でなく、介護の基本のあり方を一層追究する、こうした流れはいい傾向である。但し、他のあらゆる業界と職種が、まともに取り組んだら儲かりもしない介護業界に参入し、介護保険制度を食い荒らしていることも忘れてはならない。「社会保障と税の一体改革」という謳い文句は、アベ政権では胡散霧消してしまったが、年金問題も含めて、貧困化はどんどん進行するだろう。税として毟り取られて貧困化し厖大な「借金」を背負わされ、最後は敵対感情を植え込まれて戦争熱に浮かれる姿こそ十年以内の日本人の姿である。これが違憲(死票56%)のアベ政権のやり口である。原発を推進して何百回も潰されても然るべき、違憲・無効の自公政権が憲法改悪を欲している有り様は、当たり前というべきか、エログロ・ナンセンスというべきか、言を俟たない。

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