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2012年10月19日 (金)

反戦平和の誓い

20121018124024 マリノアシティ福岡の観覧車下デッキからの眺めです。九州最大級のアウトレットモールということですが、中・韓の観光客が少ないことと、平日ということもあって、閑散としています。玄界灘からの風が強く、波は荒くて肌寒いです。しかしながら、山国出身ですから、やはり海を眺望すると何かしら恐怖感も手伝って感動します。自然は動いていることを実感します。

 この本を完読してもいま一つ理解できなかった。内なる天皇制、それを根源とした劣等意識、人種主義と社会主義による「意図せざる合体」(p146)、サバルタン(=従属的被植民主体(p44))などは学習的にも体感的にも何となく理解できる(高校無償化問題という民族差別が現在進行形であるということ)が、ポストモダン的アイデンティティのあり方を探ろうとする著者の努力(p225)が具体的に何なのか、抽象的で少しも理解できない。そこで、已む無く、こちらのブックレットに変更している。

 いま一人、60年安保世代の全学連闘士が、ガンに侵されて他界した。義父のことである。義父は日本帝国主義の植民地からの引き揚げ組である。いわゆる戦中派というべきか。赤貧洗うが如き生活を強いられ、敗戦と同時に親の故郷に戻ったのであるが、手を裏返したかのような戦後教育に疑念を覚え、我こそは真の教師たらんとする志を抱き、苦学して教育学部に入学したのである。それは同時に、学生運動との出会いでもあった。委員長の立場で理論派として活躍し、小学校教師になった後も、日教組の活動に熱心だったということである。官憲に睨まれて僻地校を転々として、市内の校長に昇格した頃には定年を迎えるという、紆余曲折と苦難を経験をして失敗もした。家族愛にも恵まれず、安穏とした生活を営むことが少なかった生涯である。酒が友であった精神生活も想像させる生涯でもあった。言い訳をしない人でもあったと思う。日本人の反戦平和の誓いは、一体どこに行ってしまったのか。痴れ者が跋扈する時代の中で、ひっそりと息を引き取った義父を想い、ご冥福を祈るばかりである。

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