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2012年8月29日 (水)

唾棄すべき日本的心性

20120829093820  机上はぐちゃぐちゃである。今、池明観の『叙情と愛国』を読み始めている。サブタイトルにもあるように、「韓国からみた近代日本の詩歌」を分析するのが狙いである。想えば、教科書にある北原白秋や高村光太郎などの詩歌を諳んじて、日本的な心情に共感を覚えたが、それから脱却するのに十年なんなんとする歳月を要したのは言うまでもない。無論、全てを否定するものでないが、自己や自然に埋没する感性を拭い去るのは並大抵のことではない。その感傷の儚い美しさと刹那性が、戦争という圧制の時代には脆くも動員されるあり様を思い至るには長い歳月を要したのである。それほど日本人の心性に組み入れられている遺伝子とも言えるものである。これから離別する基点となったのは中野重治である。

     おまえは歌うな
     おまえは赤ままの花や
     とんぼの羽根を歌うな
     風のささやきや女の髪の毛の匂いを歌うな
     すべてのひよわなもの
     すべてのうそうそとしたもの
     すべてのものうげなものを撥き去れ
     すべての風情を擯斥せよ
     もつぱら正直のところを
     腹の足しになるところを
     胸さきを突きあげてくるぎりぎりのところを歌え……

であり、「雨の降る品川駅」である。

     辛よ さようなら
     金よ さようなら
     君らは雨の降る品川駅から乗車する

     李よ さようなら
     も一人の李よ さようなら
     君らは君らの父母の国にかえる

     君らの国の河はさむい冬に凍る
     君らの叛逆する心はわかれの一瞬に凍る

     海は夕ぐれのなかに海鳴りの声をたかめる
     鳩は雨にぬれて車庫の屋根からまいおりる

     君らは雨にぬれて君らを逐う日本天皇をおもい出す
     君らは雨にぬれて 髭 眼鏡 猫背の彼をおもい出す

     ふりしぶく雨のなかに緑のシグナルはあがる
     ふりしぶく雨のなかに君らの瞳はとがる

     雨は敷石にそそぎ暗い海面におちかかる
     雨は君らのあつい頬にきえる

     君らのくろい影は改札口をよぎる
     君らの白いモスソは歩廊の闇にひるがえる

     シグナルは色をかえる
     君らは乗りこむ

     君らは出発する
     君らは去る

     さようなら 辛
     さようなら 金
     さようなら 李
     さようなら 女の李

     行ってあのかたい 厚い なめらかな氷をたたきわれ
     ながくせ堰かれていた水をしてほとばしらしめよ
     日本プロレタリアートの後だて前だて
     さようなら
     報復の歓喜に泣きわらう

 鬱陶しく、唾棄すべきアベだの、ハシモトなどは消えうせてほしい。同じことを繰り返している日本人のあり様にも恐れ入る。

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