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2012年7月

2012年7月14日 (土)

根底にある差別意識

32740662  表題の答えは鮮明な本である。先進諸国(多くは欧米)がアフリカの権益をめぐって分断統治しながらアフリカを利用しているからである(p126など)。パワーポリティックス(力の論理)ダブルスタンダードな正義にみられる欧米中心主義の犠牲になっているのである(p133~p136)。そして、私たち(日本人)がすべきことは、「アフリカの『自立』と『自治』を支援すること」であり(p154)、「アフリカの人びとを脅かしているあらゆるリスクを低減することに援助の最終目標を置くべき」であり、「同時に、現実にあるさまざまなリスクに対応する能力(レジリエンス)を人びとがもてるように支援すること」(p155)である。アフリカの大地溝帯(原料と鉱物資源)から目を離すことはできない。人類と大地の淵源であるこの地では、先進諸国の介入が凄まじいことが熟知できる内容である。また、これへの対処法も提言されて(第9章)、歴史的事実にも具体的に言及しつつ、現地活動に基づいて説得力のある著作であった。対して、『収奪の星』は机上の学者によるものである。その立ち居地は明瞭である。その根底にあるのは、アフリカ人を野蛮人とする差別意識と思われる。

20120714180544  遅きに失したとは思うのだが、とりあえず、トウモロコシと胡瓜と茄子とオクラを播種してみたが(苗は購入しない主義)、まあまあよく育ってきたかな、とほくそ笑んでいる。凝視すれば、草だらけの苗床ですなあ(笑)。雑草も味方にしての栽培ですので悪しからず。大きい草は抜いてマルチにします(ビニールマルチはしない主義)。支柱は既存のもので、誘引も稲藁を使います。可能な限り貨幣経済を利用しない主義(ホームセンターなどで買わない)。その他、アフリカ農業の混植やコンパニオン・プランツを採用する畑である。農薬の代用としては純粋石鹸水のみである。

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2012年7月 8日 (日)

今ある歴史的結節点

201207071711381  消費税倍増、原発、TPP、オスプレイ配備など、国論二分の問題にも拘らず、野田政権はマニフェスト違反などお構いなしに、また信を問うことなく反動の道をひた走っている。さらに、右翼的政党勢力が参集しながら国民生活を破壊しようとしている。小沢新党もまた然りである。しかし、凄まじい報道管制下においても、各世論調査では反対が国民の半数以上であり、国会や首相官邸を取り巻く反原発勢力の結集は数十万にも及んで、怒りは澎湃と沸き起こっている。60年安保闘争以来のデモは更に拡大しつつある。まるで、この分蘖期の稲の成長を眺めるようである。人々の危機感と不安と怒りがどれ程大きいのかを示す指標である。再稼動開始にも拘らず、原発反対の渦が増大していることがそのことを証明している。選挙だけが民衆の意思を表現するものではないことを知らなければならない(むしろそれは制動となっている)。集会・デモや抵抗権などは憲法に保障されている権利である。権利を切り縮めてはならない。選挙などというものは、政局作りの方便に過ぎない。それこそ施政者の思う壺であり、今や怒りを発露させ、日本(社会)の汚泥を払拭し、改変させる絶好の機会となっていると素直に喜びたい。

 『収奪の星』は、読み続けるには余りにも退屈な本である。前著を知る者にとっては、結論が透けて見える。おそらく、現実が矛盾に満ちていればいるほど、この人の著作は山のように積み重なるだろう。同じような結論を押し付けながら。仕方がないので、今は『ぼくらのアフリカに戦争がなくならないのはなぜ?』に代替している。

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2012年7月 2日 (月)

「左翼」的知識人の陥穽

32719865 この社会学者の本を読むと、畢竟、彼が愚昧なのか、自分が愚鈍なのかで、失笑してしまう。論理の飛躍や引用の牽強付会が甚だしく、アクロバットを見ているようだ(前未来の第三者の審級からの脱原発論というのも予想通りである)。こういう「左翼」的知識人が橋下のようなペテン師を跋扈させていると思うのだが、『世界』7月号では、彼を特集している。朝日新聞も岩波文化もひとつも左翼と思っていないが、呆れ果てて物申すこともできない。「維新の怪」は既に賞味期限が過ぎ、弊履のように切り捨てられようとしているのにも拘らず、反動も知識人もそこに蝟集し、マスメディアも文化人も狂騒している。消費増税と原発推進に舵を取る政府からの徹底的な召還、物質文明への不信と(日本)社会の衰退を甘受することが必要な時期なのかも知れない。

 先夜、偶然テレビを見ていて、アフリカ社会の映像を目にした(やっぱりテレビを見ているじゃあないか、と言われれば釈明の仕様がない。笑)。つい「アフリカに行ってみたいなあ」と呟いてしまった。嫁はんは無言でした。また奇矯なことを言い出したな、と思っているやも知れない。でも、本心なのです。きまって夏になるとこの「病気」になるようです。カネに余裕があったら実現するのだが。人間の本源的な、本来的なあり方が、まだまだ、アフリカ社会に看取されるような気がしています。死ぬまでに一回でも実現するのが今の夢でもあります。

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