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2012年5月

2012年5月21日 (月)

震災ボラと青葉祭りへ

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 突然ですが、先週後半から東北大震災ボランティアに参加してきました。その報告は後日にして、土日の夜は、丁度、仙台・青葉祭りだったので、夜な夜な、国分町通りや一番町通り(歓楽・繁華街)、定禅寺通りを出没・徘徊しました。例のすずめ踊りは、とても賑々しい感じがして、すっかり魅了されました。震災からの復興は大分進行しているようですが、津波をまともに受けた海岸地方の人々の生活と暮らしは、まだまだ復興とは言えないようです。写真は、多聞山・毘沙門堂から眺める松島四大観のひとつ。

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2012年5月 8日 (火)

戸倉の湯へ

000_0887  過日、嫁はん達が里帰りしたので、一人、戸倉・上山田温泉に向かいました。この温泉は、湯量が豊富で、ほとんどが源泉掛け流しです。単純硫黄泉・単純硫化水素泉で、皮膚病などに効用があり、痒みや湿疹を感じる時によく利用します。どこの温泉も、家族向けになっているため、湯温がぬるめに設定されていて、毎度ガッカリすることが多いのですが、ここは高めなので(そのために息子は帯同を断りますが)疲れも一気にふきとびます。かつての温泉街の賑わいはなくなっていますが、変わらぬ千曲川の流れや翠緑の山々を眺めるだけでもスローな気分になります。全国の著名な温泉地と比較すれば(ニセモノの温泉が結構多く、私的には、泉質は全国一等と思っている)、煌びやかさも喧騒もないので、気ままに過ごすことができます。また、信州観光の基点としても至便です。温泉地として鄙びてしまったのが不思議です。おそらく、遊興地としての看板ができてしまって、温泉の大衆化と家族旅行の普及と子女の取り込み不足が衰退を招いたのかも知れないが、列記とした大人の温泉街として完成してほしいと思っている。
 その後、評判の「大黒屋」で「カツ丼と小さなラーメン」(1200円)を注文しました。旨いのは確かなのですが、やはり大阪で鍛えた食味からしたら、隠し味と色合いと付け合せの違和感など、すこし不満です。ラーメンではなく昔ながらの鶏がら醤油の中華そばです。雑味がなくすっきりとした食感で美味しく頂きました。雨模様の五人待ちでしたが、じっと待った甲斐がありました。ぺろりと平らげ、すぐに店を後にしました。それから万葉公園に足を運んでウォッチングをしました。左に戸隠連峰、右に高妻山が遠望できます。

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2012年5月 1日 (火)

臭いネタ、二題

32725638  中学生になって設営した息子の個室が、どうにもかび臭い(引越以来物置になっていた)ので空気清浄機を大枚はたいて購入した。酔いにまかせて闖入しようものなら、忽ちのうちにニオイの警告ランプが点灯してしまうのである。ために、お父さんはやっぱり臭いと哄笑され、嫁はんには「加齢臭ねえ」と蔑視されてしまった(苦笑)。あまり高性能であるのも問題があるようで・・・。

 この本の「はじめに」にある(p.ⅳ)、「何を食べているか言ってみたまえ。そうすれば君がいかなる人間であるか当ててみせよう」という箴言を開陳したのは、仏の食道楽家・ブリア=サヴァランである。テレビでもグルメ番組が花盛りであるが、日本人の一日平均視聴時間が世界最長の4~5時間ということもあって、また、世界第一位のグルメ都市は東京という偽情報もあって、それ相応の視聴率が期待されるからである。バカらしい。それは兎も角、著者が関西圏(岡山出身も包含されるだろう)ということもあり(この点でも、その内容と文章の妙が関東圏の識者には理解しがたいであろう)、個人的に古代ギリシアにも関心があって繙読してみたが、とても興がそそられた。但し、売れないだろう。古代ギリシアに関する多少の素養と、豚顔のグルメン・日本人の嗜好からして受け入れ難いからである。憂国の三島由紀夫は、「希臘は眷恋の地である」と憧憬していたそうであるが、彼にしてギリシア文学の半面を理想としていたにすぎない。だから、臭い酒の話やトイレ事情にまで言及される著者の探索が到底受容されるべくもなく、誤解と酷評がなされるのは必定であろう。しかしながら、ギリシア文学への関心と好奇心を抱く読者にとっては、それ程の出来栄えのよい新書と言えるであろう。

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