島国日本の狂想曲
図書館への道すがら、陽気につられたのか、一人の老女がもう一人の老女に、「やっと梅が咲いたねえ。桜なんて色気もありしね」と声を揚げていた。寒い信州にも漸く春が到来したようだ。しかし、庭にある梅はまだチラホラ咲きである。杏祭りも桜祭りも一週間以上延期ということである。例年ならば満開を過ぎている頃である。
食料と労働力(兵隊と身売り)と電力(原発)・エネルギーの供給地。それが近代日本における東北の位置付けである。昨年の東日本大震災と原発事故はそのことを顕現させた。植民地としての東北、これが『「東北」再生』の三人の共通認識である。但し、復興構想会議の委員である赤坂氏については疑問を抱いている。この学者さんは、20年近く東北研究をしてきて、「東北学」を提唱した人であるが、この期に及んで、東北が「まだ植民地だったんだ」(p15)なんて吐露をしているだけでなく、自らの故郷が汚染されディアスポラされているのにも拘らず、態度不明だからである。否、逆の意味で、態度は鮮明なのかも知れない(これ以上は言及しない)。小熊氏と山内氏の論考は、今後の指針と行く末を占うことに有益となるだろう。東京や大阪の首長や政治屋が蠢き、マスコミが人々を翻弄しようが、そんなことは何の意味もありはしない。島国日本の狂想曲にすぎない。北朝鮮ミサイルにしても、「杞憂」(杞の国の人が、天が崩れ落ちはしないか心配したという中国故事)にすぎないであって、東北の復興や沖縄軍事要塞化を阻むことの方が焦眉の急なのではないか。国民の生命と財産を守らず、逆に奪い取る政府の方が問題なのである。財政赤字など自業自得なのだから自分たちで尻を拭い、維新ぶったデマゴギストなど目ざわり至極であって、一刻も早く消え失せてほしいものである。
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