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2012年4月

2012年4月27日 (金)

嘘だらけの情報

30687762  市場主義は大事故を起こす、と技術評論家・星野芳郎は警鐘を鳴らしている。科学技術と機械文明についておさらいをするために読んだこの本でも、機械が人とモノとを介在しているだけの従来のあり方から、人と人との間に機械が介在する現代機械文明の恐ろしさを指摘している。介在物はコンピュータであり、核ミサイルであり、原発などである(p228~229)。破局を阻む方途は、基本的人権の尊重と想像力の涵養ということではあるが、経済優先の資本主義社会はとどまることを知らない。もともと、インターネットそのもの起源は軍事技術の援用である。現在の軍事技術を知らずして世界を語りえないということは、知る人ぞ知るということである。原子力発電も根幹は核問題なのである。世界の有力国は核の保有に血道をあげているのが現状なのである。原発に拘泥するのは核の保有によってその位置を堅持し、確保するものなのである。それは同時に、破滅か存続かを決める人類の叡智を試す歴史的結節点に立脚しているということなのである。無罪ではあるが無実ではない、という裁判所の判決が昨日あったが、このような政治家は一掃するべきである。政争に明け暮れる政治屋が政界を席巻するあり様が日本の不幸をもたらしているのである。原発やテレビ・新聞やネットなどにある嘘だらけの情報に、耳目を閉ざしたい願望にとりつかれる日々である。

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2012年4月18日 (水)

開花宣言

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 わが家のソメイヨシノが14輪咲き始めました。

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 双峰の鹿島槍ヶ岳。信里の山々には鶯の声が木霊していました。

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2012年4月13日 (金)

島国日本の狂想曲

32615366_2  図書館への道すがら、陽気につられたのか、一人の老女がもう一人の老女に、「やっと梅が咲いたねえ。桜なんて色気もありしね」と声を揚げていた。寒い信州にも漸く春が到来したようだ。しかし、庭にある梅はまだチラホラ咲きである。杏祭りも桜祭りも一週間以上延期ということである。例年ならば満開を過ぎている頃である。

 食料労働力(兵隊と身売り)と電力(原発)・エネルギーの供給地。それが近代日本における東北の位置付けである。昨年の東日本大震災と原発事故はそのことを顕現させた。植民地としての東北、これが『「東北」再生』の三人の共通認識である。但し、復興構想会議の委員である赤坂氏については疑問を抱いている。この学者さんは、20年近く東北研究をしてきて、「東北学」を提唱した人であるが、この期に及んで、東北が「まだ植民地だったんだ」(p15)なんて吐露をしているだけでなく、自らの故郷が汚染されディアスポラされているのにも拘らず、態度不明だからである。否、逆の意味で、態度は鮮明なのかも知れない(これ以上は言及しない)。小熊氏と山内氏の論考は、今後の指針と行く末を占うことに有益となるだろう。東京や大阪の首長や政治屋が蠢き、マスコミが人々を翻弄しようが、そんなことは何の意味もありはしない。島国日本の狂想曲にすぎない。北朝鮮ミサイルにしても、「杞憂」(杞の国の人が、天が崩れ落ちはしないか心配したという中国故事)にすぎないであって、東北の復興や沖縄軍事要塞化を阻むことの方が焦眉の急なのではないか。国民の生命と財産を守らず、逆に奪い取る政府の方が問題なのである。財政赤字など自業自得なのだから自分たちで尻を拭い、維新ぶったデマゴギストなど目ざわり至極であって、一刻も早く消え失せてほしいものである。

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2012年4月 7日 (土)

ブチの昇天

000_0824  ブチが撥ねられているという知らせを聞くと、慌てて戸外に飛び出た。春雨が篠突く中、幹線道路を辿って捜し歩くと、縁石に横たわったブチの姿があった。濡れそぼったブチの身体は妙に重く感じた。まるで物体のようだった。首から顔面にかけてやられ、体毛はベタッとしていた。長い尾は無造作に伸びていた。長らく雨滴にさらされたのか、昼からの氷雨を浴び続けた様子だった。朝早く淡雪が舞っていたな。夕刻には春雷が空を鳴らしていたな。スコップを取り出して庭に墓穴を掘り、藁を敷いた。身体を丸くして遺体を置いた。春暖はもう少しだったのに・・・。軒下で、納屋で、縁の下で、瓦屋根の上で、ブチは懸命に冬の寒さを乗り切ってきたのに・・・。
 母猫が交通事故死した直後、三匹の仔猫が、積み上げたはぜ掛け棒の下から姿を覗かせた。ブチは他の仔猫よりも警戒心が強く、後方で身を潜めて、目立つことはなかった。二匹は人が攫っていった。ブチは孤独な野良猫の道を歩むしかなかった。ミルクをなめ続け、煮干しを齧り続けた。キャットフードをカリカリと噛み続けた。夏の暑さを日陰でしのぎ、雨の日は軒下に潜み、晴れの日はあちこちと駆け回った。日光浴のためにアスファルトにへたり込んでまどろむ姿もあった。歩くと先回りし、帰宅すると後追いして玄関口に座る。おもむろに草を食んだり、猫じゃらしを追い続けて遊んだこともあった。撫でると目を細めて喉を鳴らしたっけ。夏が来て秋が来た。冬の寒さに何処かで身を縮めて辛抱している姿を想像した。朝早く、玄関の扉の向こうにブチの声が響く冬の日々が続いた。あと少しだったのに・・・。
 ブチよ、お前は母親の運命を辿ったのか。背中にある黒と茶の斑の文様は、きっと父親と母親ゆずりだろう。お前と同じように、ずぶ濡れになりながら埋葬してあげた。サンシュユの枝を活け、餌を供えた。そして卒塔婆をその上に刺してあげた。さようなら、ブチ。お前のことは決して忘れないよ、生きた証しとして・・・。
 ブチの墓  2012年4月3日昇天  享年約10ヶ月 合掌

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2012年4月 3日 (火)

医療・介護とのつき合い方

32703890  幻冬舎の本については、私的にはとても偏見を抱懐している。タイトルが人々の好奇を刺激するという観点から割り振られるからでもあるが、幻冬舎は、大書店・大手取次優先=中小書店無視という配本システムだからでもある。しかしながら、出版不況の中での生き残り策として止むを得ないことなのかもしれない。そういう事情があるにせよ、現在ベストセラーであり、もう一つの関心分野でもあって、著者が長野県人ということもあり、信濃毎日新聞で紹介されたこともあって、珍しく購入してしまったのである。
 人は生れたら死ぬ、という自然の摂理を、人々は余りにも無視している。生と健康に執着し、無意識にも死を忌避する。そのために、筆者はサブタイトルにあるように、「自然死」を推奨する。「年寄りの最後の大事な役割は、できるだけ自然に『死んでみせること』(=看取らせること)です」(p7)と。死に際の苦しみに、医療の虐待だけでなく、介護の拷問もあることを知っておかなければならない(p53)。死に際さえも自由にしてくれない医療と介護とは、一体何なのだろうか。「そっとしておく思いやりもある」(p80)のである。年相応という言葉はそのために存在する。「人は生きてきたように死ぬ」(p188)のである。しかしながら、蛮勇を決してこのように主張するためには、医療(医者)の序列から脱落した者でなければならないことが悲しい。このことは医療界のみならず、全ての世界において該当する。
 血液の癌で苦しむ母の付き添いをしたことがあるが、個室に閉じ込められ、チューブに繋がれながら、病魔の苦悶と床ずれに身動きする母を静かに見守るしかなかった。誰一人として時間外に訪れる医療関係者はいなかった。見放した、死にかけの患者には医療は関心がないのである。いい医者も確かにいる。しかし、それは少数であるというのがわが実感である。医者は、特別な人生勉強した訳でもないし、人生経験もした訳でもない。死に際は各々自分自身で見つけるべきなのである。それが医療と介護とのつきあい方である。

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