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2012年3月

2012年3月20日 (火)

深沢文学の真髄

32680366  「外伝」とは「本伝からもれた伝記や逸話」の謂いであるらしい(岩波国語辞典)。では本伝とは何かと繰ると、該当する言葉は採録されていない。そこでやむなく、久しぶりに紙とインクの香りのする広辞苑(三版)を調べると、「主となる伝記」とある。であるからこの著作は、元担当編集者によって深沢七郎に纏わる逸話を披露して、深沢文学を考察するものなのだろう。著者によれば、「深沢は文学と音楽を往還し、その両方に一流として立つことが出来た稀有な作家」(p231)であり、「飢餓ぎりぎりを生きていく庶民を骨太に描き続けた眼差しが『深沢文学』の真骨頂」(p255)である。深沢七郎と言えば、『楢山節考』と『風流夢譚』(嶋中事件、1961年)である。彼は、強欲な人間本性と日本人の反近代性を暴露した一種の抵抗文学であると思う。世間は何も変わっていない、だから『生きているのはひまつぶし』なのである。そのような深沢の本質を「淋しいって痛快なんだ」とサブタイトルで表現することが的を得ているだろうか。西郷隆盛の遺訓に「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困る者なり」とあるが、深沢はそれすらも突き抜けているのである。だから、三島由紀夫は畏怖したのである。また、銅像を建てて晩節を汚した佐久総合病院の院長だった若月俊一とも、かれは袂を分かつ理由にもなったのである。福島原発事故で、一体だれが塀の中に入っているのか。だれもいない。何も変わっていない。何も変わろうとしていない。諸外国なら暴動が起きてもおかしくはない。そのような明治以降の日本人の「近代的」あり様を、深沢は揶揄しているに違いない。

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2012年3月19日 (月)

卒団、卒業、おめでとう。

Dscf01003_3  あきらめないこと、努力すること、一つのこと(サッカー)をやり続けることができました。これは、ひとえに○○自身ができたことです。そして、みんなの支えがあってできたことです。これからもその調子で、力の限り発揮してください。
 「うまく気持ちがボールに乗ってくれた」(ロンドン五輪出場を決めてのキヨニスタの言葉)にあるように、中学生になっても、サッカーボールとともに、ケガをせずに泣き笑いを楽しんでください。できたら、親心として、勉学も両立してがんばってほしいです(笑)。

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2012年3月13日 (火)

新村忠雄のこと

32659971  小説だが史実に則して纏められている。小説としては、史料が限定されているために想像力で補われるべきであるが、ルポルタージュ・人物伝としては新村忠雄の人物像をたどることには不十分であると思う。固より、幸徳事件(大逆事件の一つ)が冤罪であることは言うまでもない。「当局は一人の無政府主義者なきを世界に誇るにいたるまで、あくまでその撲滅を期する方針」(p145)だったのであり、国体(天皇制)護持のためのフレームアップ事件であることは、今では周知となっている。しかしながら、戦後になっての再審請求に最高裁は抗告棄却し(1967年)、それが判例となって彼らの名誉回復はなされていない。戦前・戦後を通じて、反戦運動や社会改革(革命)運動に挺身した人々への名誉回復と畏敬が未だになされていないのである。それがいかに社会と人々のありかたに害悪をもたらしているかは、歴史を繙読したり、現状を瞥見すると判然としている。今日の日本の動揺がその証左である。そればかりでなく、政府の無能と人材の払底という現実があり、そうした世情と人物が跋扈している。幸徳事件の時代、石川啄木や永井荷風をはじめ、多くの人士が「厭な心持をし、良心の苦痛に堪えられず」(p188)、その義憤を石川啄木は『時代閉塞の現状』にしたためたが、時代の波にかき消されてしまったのである。著作では、より新村忠雄を追い求め、その生い立ちと思想的確信と言動に肉薄してほしかった。新村への「大言壮語」という人物評価(p73、175)は誤解であると思う。むしろ、荒畑寒村の評価(p73)が至当であろう。昨年は大逆事件(判決・刑死)百周年ということで、上梓が急がれたためか、不明な文脈が数箇所散見されたが、彼らの名誉回復のためにもその意義は決して少しくない。

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2012年3月 8日 (木)

IT音痴

201202231725101  愛猫は警戒心旺盛の時期になっているようで、食事時以外でも常に自警を怠らない。がしかし、自分の方は、自堕落な生活から、疲労困憊と直後の入浴のために、すっかり鼻風邪をひいてしまった。鼻水がだらしなく流れ出て、読書も進展せず、仕事以外はひたすら休養に臥す日々である。テーブルにはティッシュの山。嫁はんに片付けるように叱られるばかり(笑)。ために、毎朝餌をねだりに駈けて来る三毛猫を愛でるだけである。猫は文句を言わない(笑)。

000_0737_2  このところ、情報技術(Information Technology)の進展に伴い、ipadやスマートフォン、twitterやfacebookなどに主力が移動して、blogなど時代遅れとなっているようである。それが却ってのんびりと更新してゆく契機となって幸いである。東北大震災では、多くの農地が瓦礫と汚泥と放射能汚染された。離農と離村が加速度的に進行するだろう。このことの意味も考えてみたい。

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