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2012年2月20日 (月)

時代の伏線

20120206112604  他の猫がテリトリーに侵入してきたので、かなり緊張して凝視しています。いつ果てしなく対峙して睥睨しています。左目が恐いです(笑)。見たところ、牝猫のみがこうした動作をするように思えるがどうだろうか。こうして観察していると、やはり猫には猫独自の世界が存在するのが理解できます。人間の世界ほど邪悪ではないのですが・・・(笑)。

20120211190144 知り合いから自家栽培の柑橘類を混合して送ってきてくれた。糖度が不十分だが、手作り感とその甘酸っさが嬉しい。話題は全く異なるが、小学生の折、家に保管されていた古びた写真簿を繰って眺めていると、そこに見知らぬ男性の姿を見止め、母に誰何したことがある。確か、「満州かどこかに行ってどうなったか分からない」という返事であった。その口調から身内の者であることが知られた。同時に、人の消息がつかめない時代ということがあるのだな、という思いをおぼろげに抱いたものである。戦前は、恐慌や不況が続き(その突破口が戦争の原因となったのである。特定の人物や思想のみで戦争が生起するものではなく、歴史研究者の中には誤解する者が少なくない。と言って、その責任を曖昧にする訳にはゆかないが)、家督を継ぐ長男以外の子女は、分家に出るか、都会に出て労働力商品となるか、大陸に新天地を求めるしかなかった時代なのである。今の時代では信じられないことなのだが、窮乏、借金、身売り、自殺、家庭崩壊、夜逃げ、一家心中、労働争議、小作争議などが日常茶飯事だったのである。これが明治から昭和初期の時代風景であり、農村青年社事件の伏線である。  

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