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2012年1月23日 (月)

はんなりとした大阪

32270641  辺見庸が橋下大阪市長のことを「テレビがひり出した排泄物にしか見えない」と断じていることに失笑を覚えた(『美と破局』p119)。排泄物ねえ、それは排泄物に悪いやろ、とまで思う。排泄物そのものは健全な証拠なのだが、この人はもっと悲惨である。この人、どこまで行くんやろ、とまで心配になっている。いづれ使い捨てされるのは必至であろう。この人の人脈は、おどろおどろしい。本人もそのことは自覚しているのかも知れない。悲しい性としか言えない。この人を選んでいる人は、ほとんど妖怪である。だから、この私も大阪を逃げ出すことになったのである。日本人が経験した嘗ての戦争に、大阪人は大いに流れに棹をさしたことを自覚している人は少ない。大阪は、例の○○学会の最大拠点である。80万人の支持者がある。かつての革新勢力をほとんど簒奪している。コーメー党の候補者が独占する選挙区すらあるのである。それが差別や貧困とを梃子に人々を惑わし、古き世の大阪の生業を破壊し尽くしてしまったのである。この逆転に恐れ入る。カーネーションの地元がその勢力の一大勢力であることを知っている人は少ないだろう。「あんじょうしいや」という浪速ことばがある。元々の大阪の、はんなりとした風情はどこともなく消失しているように思われるのである。橋下で大阪が終らないことを願うのみである。

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