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2011年12月17日 (土)

東北一考

201112031046312  ついに愛猫の棲家を発見しました。寒い北風が和らぐ、程よい日差しが当たる茣蓙(ござ)の上でした。ここが出撃拠点だったのか、と発見の喜びがありました。気になっているのが、ビタミンAの欠乏による夜盲症や感染抵抗力の低下や発育不良です。時々野草の葉を食んでいる姿を目にしたり、走っている時に衝突したり転んだりするのを見かけるからである。そこで、人参が好きで子供の頃から摂取し続けている(ために、まだ老眼の域に突入していない)私としては、餌に緑黄色野菜を混入しました。多少人間に馴致させすぎだ、とも一方で思うのですが。ところで、日本人の霜降り肉信仰は強く、これが牛をして盲目にして出来上がることを知っておいてよい。とても残酷な精肉方法なのです。

32672987  東日本大震災後、東北地方の情報が厖大になり、やがて何事もなかったように少なくなりつつある。東北の民衆は中央政府によって棄民された、と思っている。ところでこの本の執筆者は、「(被災地の青少年である)きみたちの未来は、すでに、壮絶だと思う」(p3)と述べている。「この震災は、人間のからだや心を繭のように柔らかく包んでいた表皮をすっかり引き剥がしてしまっている」(p6)というのである。東北とは何か、ということを遥か昔から意識してきた。少年期には出稼ぎと集団就職の地方イメージを刷り込まれ、高校生の時には、アルバイト料を懐に、一人東北一周旅行を敢行したこともあった。雄大な男鹿半島の景観に感服したものである。つい数年前には、河西英通氏の中公新書を耽読したこともある。また、受験の失敗で出会った八戸と仙台出身の受験生男女のことがいつも心に疼いている。更に、出会った他の人のことも。彼らには「東北出身」であることの羞恥やコンプレックスがあった。東北という言葉そのものがどこを中心にして指示されているのかは言わずと知れている。ヤマトタケルノミコトによる蝦夷退治の東征という記紀伝説は夙に有名であるが、松尾芭蕉の『奥の細道』は古典中の古典となっている。東北地方の代名詞である「みちのく」も、道の奥の国という最果ての土地のイメージに染められている(p74、75)。明治以降も「白河以北一山百文」という侮蔑と卑下とが綯い交ぜな差別的表現が残っている。それ故、歴代の総理大臣には東北出身者が少なからずいる。東条英機もその家系は盛岡藩である。著者によれば、東北とは必ずしも自明なものではないが、「いくつもの僻地が積み重ねられた、最果ての土地というイメージとわかちがたく結びつけられた名称」(p74)である。また、「東北には、ケガチ(飢渇/飢餓の意)の風土がある」(p122)と開陳している。東北の基底とはこれなのかと得心した次第である。このことは沖縄も相似しているであろう。自然と歴史に翻弄された地方柄なのである。しかし、このことは日本の一地方に留まることではなく、実は、中央に対置する周辺は常にそうしたものなのかも知れない。東北の小学校では、標準語の「発音練習」があるということにも(p72)驚いた。そして無残にも自然破壊され、傷つき、汚染された東北。一体誰が、何がそうさせたのか。

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