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2011年12月

2011年12月29日 (木)

年末雑感

20111215092132_8347  今日一日はちょっと外出を。今年は、社会的には災害と原発事故、さらに政治的・経済的無化と人々の退行的心理の醸成という一年であった。個人的には十分満足いくものではなかった、と自省する年末である。歴史的転換点にあることは間違いないであろう。『ショック・ドクトリン』を漸く予約が回ってきて、図書館から借り受けて間欠的に読み進めているが、大凡想像できたことではあるが、しっかりと取材と文献とで丹念に裏打ちされている内容である。ために、分量が多く二分冊になっていて呻吟刻苦している。自由主義的市場経済は既に終っているという認識が世界的常識になっているようである。橋下も野田も、その思想を体現しているのであるが、政局とマスコミ報道はそれを中心に扇動に躍起となっている。東日本大震災では、東北地方はショック・ドクトリンの実験場になり、宮城県を中心に漁業権剥奪と土地強奪などが企図されている。フリードマンの亜流たちは、民営化と規制緩和と社会支出の大削減を三本柱にしているが、すでに1990年代には衰退し始め、二十一世紀になるとサブプライムローン問題を契機とした金融資本の破綻などという事態を受けて、いよいよ息の根を止められようとしている。しかしながら、未だに信奉者たちの蠢動は、すべてを投機対象にしながら公共資産と国税を食い荒らそうと目論んでいることは間違いない。日本では、野田や橋下の下にコイズミのブレーンが参集しているのであるが、これをさらに一掃させなければならない新年となるだろう。

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2011年12月17日 (土)

東北一考

201112031046312  ついに愛猫の棲家を発見しました。寒い北風が和らぐ、程よい日差しが当たる茣蓙(ござ)の上でした。ここが出撃拠点だったのか、と発見の喜びがありました。気になっているのが、ビタミンAの欠乏による夜盲症や感染抵抗力の低下や発育不良です。時々野草の葉を食んでいる姿を目にしたり、走っている時に衝突したり転んだりするのを見かけるからである。そこで、人参が好きで子供の頃から摂取し続けている(ために、まだ老眼の域に突入していない)私としては、餌に緑黄色野菜を混入しました。多少人間に馴致させすぎだ、とも一方で思うのですが。ところで、日本人の霜降り肉信仰は強く、これが牛をして盲目にして出来上がることを知っておいてよい。とても残酷な精肉方法なのです。

32672987  東日本大震災後、東北地方の情報が厖大になり、やがて何事もなかったように少なくなりつつある。東北の民衆は中央政府によって棄民された、と思っている。ところでこの本の執筆者は、「(被災地の青少年である)きみたちの未来は、すでに、壮絶だと思う」(p3)と述べている。「この震災は、人間のからだや心を繭のように柔らかく包んでいた表皮をすっかり引き剥がしてしまっている」(p6)というのである。東北とは何か、ということを遥か昔から意識してきた。少年期には出稼ぎと集団就職の地方イメージを刷り込まれ、高校生の時には、アルバイト料を懐に、一人東北一周旅行を敢行したこともあった。雄大な男鹿半島の景観に感服したものである。つい数年前には、河西英通氏の中公新書を耽読したこともある。また、受験の失敗で出会った八戸と仙台出身の受験生男女のことがいつも心に疼いている。更に、出会った他の人のことも。彼らには「東北出身」であることの羞恥やコンプレックスがあった。東北という言葉そのものがどこを中心にして指示されているのかは言わずと知れている。ヤマトタケルノミコトによる蝦夷退治の東征という記紀伝説は夙に有名であるが、松尾芭蕉の『奥の細道』は古典中の古典となっている。東北地方の代名詞である「みちのく」も、道の奥の国という最果ての土地のイメージに染められている(p74、75)。明治以降も「白河以北一山百文」という侮蔑と卑下とが綯い交ぜな差別的表現が残っている。それ故、歴代の総理大臣には東北出身者が少なからずいる。東条英機もその家系は盛岡藩である。著者によれば、東北とは必ずしも自明なものではないが、「いくつもの僻地が積み重ねられた、最果ての土地というイメージとわかちがたく結びつけられた名称」(p74)である。また、「東北には、ケガチ(飢渇/飢餓の意)の風土がある」(p122)と開陳している。東北の基底とはこれなのかと得心した次第である。このことは沖縄も相似しているであろう。自然と歴史に翻弄された地方柄なのである。しかし、このことは日本の一地方に留まることではなく、実は、中央に対置する周辺は常にそうしたものなのかも知れない。東北の小学校では、標準語の「発音練習」があるということにも(p72)驚いた。そして無残にも自然破壊され、傷つき、汚染された東北。一体誰が、何がそうさせたのか。

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2011年12月13日 (火)

真の「構造調整」

32653918 世界では10億の人々が飢餓状態であり、その半数はアフリカに集中している。ために、一日に二万五千人が死地に追いやられている(p8~9)。この問題への関心は、スーザン・ジョージの『なぜ世界の半分が飢えるのか』(1976年、原著初版)という名著以来であるが、実は、読んでいない。多分、35年前に彼女が指摘した状況とほとんど何も変わっていないだろう。この本のサブタイトルには、「先進国の余剰がうみだす飢餓という名の人災」とあるが、今や、というよりは、当の昔から食糧はビジネスであり、国家戦略なのである。著者らは件のWSJ紙の記者であり、基本的な姿勢は透けて見える。いわゆる「緑の革命」の推奨であり、単なる食糧援助でなく、「国際社会の不均衡なパワーバランス」を正すという「良心」的な支援である。監訳者も緑の革命の支持者である。とはいえ、最も興味のあったことは、食糧援助の「鉄の三角関係」(p148)と知られる既得権への取材内容であり、アフリカにおける小農たちに関する記述であった。やはり、ジャーナリストだけに現状がリアルに理解できる。しかし、それだけである。「構造調整」(Structural Adjustment)に対しては、真の意味での「構造調整」でしかないのである。

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