« 食糧安保論の蒙昧 | トップページ | 無気力な日々 »

2011年9月23日 (金)

温故知新の農業へ

32573613  農業に精通していない者は、プロローグとエピローグとあとがきに目を通すと、大体著者の主張が理解できる。その間の、マヤ、アスティカ、インカなどの伝統農業に関する事例を読むと、著者の胆力ある探査能力に感嘆する。思い起こせば、あれ程ギリシャ文明が繁栄したのに、パルテノン神殿やコロシアムの廃墟などの写真を見て、なぜ滅亡したのか不思議に思ったことがある。ローマへと人と文化が移動したという理由もあるが、気候変動や土壌侵食などの自然現象という大きな理由も根底にあることを知って、得心したものである。メソポタミア文明が滅んだ理由の主因も、塩害である。現代は、脱石油、脱原発と「脱」の時代の始まりであるが、この本の著者は、「没落」の時代の始まりと見ているようである。近代農業は石油にまみれた工業である。石油を食べているといっても過言ではない。油がなければ農業機械は動かない。化学肥料も石油がかりである。農薬や農業資材然り。しかし、近代農法がなければ世界の食料自給率は35%である(p4、236)。日本の農業で自給ができる人口は、高々4、5千万人(およそ明治時代の人口)と試算されている。大半は輸入で補完されているに過ぎない。一方で、グローバルな現代の危機が迫っている予感がある。石油枯渇の対策としての原子力エネルギーにも黄色信号が燈っている。現代は危機や不安と同衾する時代といってもよい。温故知新さながらに、著者はさまざまな伝統農業を探索する。大規模の工業的モノカルチャー現代農法では持続不可能という意識が広がりつつある。しかし、伝統農業も失敗の連続があったと言わなければならない。人類は途方もない失敗の末に自然生態系に適合した地域農法を編み出していったのである。考えてみれば、天災と飢餓が打ち続く江戸後期、農書が次々と世に出たことがあった。伝統農法を再評価し、それを現代農業の中に組み替えていくことが求められているのではないか。そのための一里塚となる内容となるであろう本の一つであった。ただ、注と参考文献は煩わしく、簡略にしてほしかった。

|

« 食糧安保論の蒙昧 | トップページ | 無気力な日々 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

農業・農事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/527456/41866847

この記事へのトラックバック一覧です: 温故知新の農業へ:

« 食糧安保論の蒙昧 | トップページ | 無気力な日々 »