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2011年8月

2011年8月20日 (土)

実りの準備へ

20110820111702  小雨がそぼ降る中、スズメ除けのキラキラテープを田一面に張り巡らせました。網をかけるのはやめにしました。トンボが浮遊しているし、アオサギが飛遊しているためです。珍しく、息子も手伝ってくれました。何とか修正もでき、出穂・開花し、登熟を迎える時期です。丈の短い稲穂も見られ、やや肥料が不足しているようですが、台風対策としてはこんな按排でしょう。もう一回、草取りのために水田の中に入り込みます。

32401241_2  この本の著者に注目している。地球科学(地質学)という学問を修め、資源枯渇というシビアな事実から物事を組み立て、相反する見解をも探索し、吟味していく姿勢に共感を覚えるからである。二度目の通読である。キーワードは、著者の造語である「没落力」である。情報収集能力と着眼点と、主張は鮮明にも拘らず偏向がないことに感心する。このような人物が長野県農業大学校に勤務していることにも二重の意味で素晴らしい。寛容というか奇特というか、お上意識という気質がある一方、長野県人にもこういうキャパシティがあることが嬉しい。今では忘れ去られた感のある農業経済学者の飯沼二郎先生(農書研究と複合経営論他で知られている)への言及まである。もうちょっと細かく立ち入って学んでみたい。

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2011年8月 7日 (日)

一蓮托生の日米

20110801055006  茶の仔猫がいなくなって十三日。一番警戒心の強かった、斑の仔猫が残りました。単独で、たくましく生きていますが、暑気の中でもどこか寂寥感があり、時々遊んであげています。だいぶ人に懐きました。牛乳と煮干と海苔をあげていますが、時々飽きて、野草を食んでいます。野菜が必要なのでしょうか。

20110807183203 震災と原発事故後、新聞や雑誌などに名だたる著名人が、臆面もなく自説を開陳している。こういうあり方の、象徴的なスローガンが「がんばろう!日本」であろう。罪の意識、責任感を押し隠すには相応しいものである。このスローガンは、誰に向けて何のためにあるのか。被災した人々に「がんばろう」は、余りにも酷であり、スローガンを掲げる側の傲慢さと無責任が透けて見える。善意に取れば、自分も頑張るから、被災者も頑張ってほしい、ということであろうが、日本の危機にあっては、ナショナリズムの高揚に都合のいいものになる危険性がある。というよりは、「欲しがりません、勝つまでは」となると思っている。アメリカがデフォルト直前というのは、もう規定事実。そのアメリカ国債をしこたま買い込んでいるのが中国と日本。そんなものは元々は紙くずに過ぎないのだが、「信用」(実は思い込み)でなりたっている金融資本が、早晩その虚を顕わになって世界経済が破綻するのは明白である。ドル暴落でも円急騰であるのは摩訶不思議である。日本はアメリカの運命と一心同体なのである。「がんばろう!日本」ではなく、「変えよう(変わろう)!日本」ではなくてはならない、と新崎盛暉氏は諭している。同感である。実際問題、この私は、これまでの人生を頑張ったが何も変わっていないのである(笑)。

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