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2011年7月

2011年7月25日 (月)

人間中心主義の陥穽

32602937  基本的に東大系の学者(特に、東京都出身のそれ)は信用していないので、この著者のものも斜め読みすることになる。最後に、長○川眞理子氏の査読を経ているということを知って、「こりゃ~、だめだ」と失望する。仲間うちのあり方を想像させる。ハッキリ言えば、当り前なことを開示しているだけで、青少年向けの新書であることを差し引いても、突きつけられている根本的な難題を回避している。というよりも、それに気付いていない。ありきたりなことをサジェスチョンしているだけである。学んだことは、「ペティ=クラークの法則」や「アリー効果」などの学問的な専門用語だけである。こんなことで生物多様性が達成される訳でもないし、定年後は国連でも働いたらどうか、と余計な心配をしてしまう。読んでいると、フィールドワークの重要さも推察されない。グーグル・アースでも眺めているのだろう。現実に向き合うことによって初めて、ことの真相が理解できることは言うに及ばないだろう。地域の人たち自身がさとやまの価値を十分に理解することである、という示唆(p141)も空しく響くしかないのである。むしろ、逆である。

20110723090156  野良猫なのでいずれ目の前から忽然といなくなるだろうけれども、やはり可愛い。二匹でじゃれあう。餌を求めて寄って来る。人間というものは勝手なもので、処構わず糞尿をする、鳴き声がうるさい、ゴミを荒らされる、自動車などを傷つけられる等の理由で、市の保健所では室内飼いを促し、不妊・去勢手術を勧める。それはそれとして猫にとって幸せなことでもあるが、全ては人間中心に考えられている。そもそも、可愛いなどと愛でられること自体が、その日を生き切ろうと必死の猫には迷惑千万なことなのかも知れない。どこまで行っても、人間は自分勝手で貪欲なのである。二匹の猫は、あちこちケガをしたり、吐いたり、毛を部分的に失ったり、その日一日を過ごすことに悪戦苦闘しているのである。

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2011年7月19日 (火)

油断大敵

20110717073752  深水がありすぎて今年の稲作はやや失敗か。クサネムやイナゴなどが発生し始めて、管理をより入念にしなければならない。稲の花が咲くお盆に向けて、修正できるかというところです。油断大敵、毎日通い詰めなければならない。

20110716181939  歴史は繰り返すのではないか。NHK連続テレビ小説「おひさま」の視聴率は好評のようです。戦前も扱って年配の視聴者を呼び返したこと、大震災の経験から悲喜交々の日常生活の幸せを噛み締められること、安曇野風景の美しさ、感情描写がメリハリのある台本力、さらに、「平成の高峰秀子」と絶賛される井上真央の演技力などが功を奏していると思う。嫁はんと二人で、「これ、ありえねぇ」とか、「ちょっと変」という筋書きや動作が評価することもありますが、概ね、好作品になっているようです。実は一方で、韓国ドラマの「イ・サン」も鑑賞しているのですが(なあ~だ、しっかりテレビを見ているじゃあねぇか、という皮肉は無視して・・・。というのは、若かりし日の一時期、演出家志望でありまして、ドラマには関心あります)、「イサン」の方が、目や表情に役者の旨さを感じざるを得ない。「おひさま」にはミスキャストの役者が散見してしまい、見続けるの辛いというのが正直な感想である。笑顔や希望には、人を動かす力があるということは言うまでもないが、それは同時に、事態を隠蔽する役目を果たす力もあるのである。そしてその力は、一つの世論と体制に従わせ、それ以外の考えや思想を持つ人々を無視したり、排外したりするあり方を想像させる。仔猫たちも、桜の木の下で、排泄をしながら見ています(笑)。

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2011年7月17日 (日)

新規の試みへ

20110715172941  こぉら~、ネギを倒すなー。仲良くじゃれあうのはいいが、丹精込めたネギがメチャメチャじゃないか。まったくもぉ~。折角の畳状の畑は、仔猫どもの遊び場に化しています。元気が良すぎるで。よく見ると、トマトだけは大丈夫のようで。バケツ稲の葉は食いちぎるわ、畑をのしのしと歩き回って排泄をするわ、今年の野菜はダメだな(苦笑)。

20110717102238  妻子の要望もあり、苦しい家計の中、我が家のデジタル化も推進されました。別にテレビの必要も感じないのですが、仕方ありません。相も変わらず電波芸人に席巻されている有り様です。以前には異なる主張をしていた筈で、その厚顔無恥には聞いていて呆れるばかりです。しかし、こうした世相を横に見つつ、少しづつ少しづつ新規の企図を開始しています。実を結ぶや否や、それは分かりません。嫁はんには反対されると思いますが、最低生活を保持しつつ、もう好きなことをさせてもらうということで、こそこそと既成事実を積み重ねるのみです。

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2011年7月15日 (金)

自業自得、自縄自縛

20110713065250  暑いですなあ。平日の休日。所用以外は家に閉じこもりです。軽井沢が気温30度を越す勢いで、ここ信州においても、涼しさを感じるのは朝晩の刹那だけになってしまった今日この頃です。まあ、あの都会でのそれと比べればまだマシなのですが、人類はやっぱり滅びるな、と実感する夏です。人間の欲望は際限もなく、各種生物が絶滅しつつあるこの天体で、その事実が人類自らもが絶滅する窮地に陥りつつあると感じざるを得ない。震災と原発人災による政治や報道の混迷と虚実はそれを物語っており、人心は何とかなると成り行き任せのままで、これが世相の混乱を一層醸成しているようである。自業自得でもあり、自縄自縛でもある。例えば、中央政治家や宮城県や福島県知事は、その経歴を知ればトンデモ政治家であるにも拘らず、己の罪深さに気付かないどころか、それを政争の具にして自己顕示している。マスメディアも「狂っている」としか言いようがない。人が育っていないのである。仕方がないから仔猫のお世話と寝るしかないのである(笑)。

 図書館で『アフリカ学入門』他を借り出しました。前から注目していたのですが、初めて手にすることができました。序文を読んだだけですが、アフリカ入門の独習書として興味深いと思いました。本格的な感想は次回ということで。

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2011年7月 9日 (土)

国家の暴力性

32383057 既にデジタル化したテレビを視聴している人は気が付かないだろうが、ウチの、どでかくて重たいブラウン管アナログテレビでは、「終了まであと○日」という文句が左隅にデカデカと常時表示されて、肝心な映像や情報を読み取ることを邪魔している。また、キレイなお姉さんが笑顔でデジタル化を促す業界宣伝や番宣などが繰り返され、この梅雨時期に鬱陶しいことこの上ない。既に、対応世帯は九割以上にかかわらず、ほとんど心理的強制措置である。これにはBSやCS視聴者を増やす狙いもあり、民衆の懐から飽くなき収奪を繰り返す有り様は、醜いまでにあからさまである。

 以前、この著者の本を読んだことがあるが、その内容を中学生向きに噛み砕いたものである。要するに、暴力は善くも悪くもないのであって、むしろ国家と人間存在はその上に成立するものであって(換言すれば、無くすことができないのであって、どう向き合うかということが大事である)、国家とは、富をめぐる暴力の行使の結果であり、権利をめぐる暴力的権利こそ国家の本質をなしている、という結論である。したがって、税金とは、「合法的な暴力の独占」の権利を得る国家が、国民に対して強制的に行使する収奪であるということである(農業に関していえば、資本主義国家は農民という存在を許せない、ということである)。しかしながら、建前としても、憲法に規定されている「国民の生命と財産の保障」(安全保障national security、13・25・29条)を放棄した今次の国家に対して、我々国民は何ら納税の義務などないばかりか、抵抗権を行使することができるということは言うまでもないだろう。

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