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2011年5月 8日 (日)

警戒心を解いてはならない

20110504122347  桃の花が散りだし、林檎が赤い蕾から白い花びらを広げ始めました。休日の今日は、農事に精を出しました。ネギの苗を移植し、トマトやピーマンやしし唐を植え付けました。できるだけ種から育てたいのですが、時間がなくて、どうしても苗を購入する率が高まってしまいます。これからは早寝早起きを心掛けて、ちょっと離れた田畑に出掛けなくては。播種と植え付けで目の回る忙しさ。近年は「種を征するものは世界を征す」ということで、世界の大手種苗会社や農薬メーカーが血眼なってF1ハイブリッド種や一代交配種の開発に鎬を削っている。市場のタネはほとんどがこれで、従来の固定種を探すのに一苦労する。タネから始まり、農薬や肥料にまで及んで農業支配しようとしていると批判されているのがモンサント社である。農業するのも経費がかかり、結構大変なのである。化学肥料はできるだけ避けているが、それでも若干の肥料やらの費用もかかり、懐具合がちょっと、という始末である(苦笑)。

 原発推進政策から離反するのは一筋縄では行かない。原子村という政・財・官・学・マスコミの紐帯を切断しなければならないからである。財界と一蓮托生の自民党政治、司法の堕落、官僚の天下り、御用学者の跋扈、新聞・テレビによる安全・安心神話の扇動など何十年に渉って形成された利権と利得を叩き割らなければならないからである。それは原発問題に限ったことだけではない。社会全体が法治主義と文書主義と体制保身の官僚主義に瀰漫しているのである。例えばそれは、戦後のキリスト教界においても戦争責任問題を解決していないどころか不問に付している現状にある。電力業界から厖大な献金を受けた自民党は、統一地方選に勝利したにも拘らず、及び腰である。今次の東日本大震災において、最も憂慮すべき事態は、人心を絞り上げて沖縄基地増設やTPP推進や増税へと突進することである。「強いニッポン」を呼号したナショナリズムと、虎視眈々と付け入る隙をねらっている市場原理主義(N.KleinR.Patelの論難参照)とが取り結ぶ方向性である。

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