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2011年4月26日 (火)

農事を告げる桜

20110425141005  毎年この時期になると見物に来る近場の一本桜です。古墳に通ずる一本道の、見晴らしのいい場所にあります。誰も見ていません。振り返ると、近所の家でおばさんが一人、安穏と家の草取りをしているだけです。時間が止まったかのような空間で、枝を広げています。時折吹く風に花びらを落としています。真下に歩を進めると、桜色に身を包まれてふわっとした感覚にとらわれます。眼下には古墳時代からの条里制の田園風景が広がっています。春の長閑な雰囲気の中で、じっと眺めていたくなる一本桜です。日本人は桜が好きなのですね(我が家のソメイヨシノは六輪開花しました。当ブログでも桜の画像記事へのアクセスがこの時期に集中します)。ところで、庶民が桜を愛でる風習が興るのはどうやら近世のようです。江戸後期にソメイヨシノが誕生し、明治になると、学校・寺社の門前や川堤などに盛んに移植され、ぱっと散る潔さが戦争国家体制に利用されました。そして、いつの間にやら日本(人)の象徴にされてしまいました。通った小学校の門前にも桜の木があって、その前でクラスのみんなで撮った写真がセピア色で残っています。薪を背負った二宮金次郎の銅像もおまけについています。今その学校に行くと、当時の面影もなく、況や木造校舎や渡り廊下もなく、どこにでもあるような鉄筋校舎と舗装だらけの道があるのみです。給食室から食事の匂いもしない無機質の空間になってしましました。これは懐古趣味でしょうか。桜が散る頃に北信州での種蒔きが始まります。先ずはジャガイモの種芋を植えましょうか。

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