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2011年4月 1日 (金)

壮絶な転換期にあること

20110331170335  今回の震災で身にしみて分かったことは、政府や国会議員、御用学者の無能さであった。いざという時に役に立たない人間は、日常的には社会の「肉瘤」(レーニン)である。特に、東大出身の官僚や御用学者どもの罪は重い。即刻解体するべきである(70年安保・大学闘争用語で言えば、帝大解体である)。東大は大学予算の相当を浪費しているが、末々への見返りがほとんどない。東大にはまともな研究者がいないのは、その筋の人間には常識である。私が大学生の時にも、東大の研究者が洋書を買い占め、文献を独り占めして先に論文や翻訳して業績を誇示する話が漏れ伝わっていた。ましてや今日、灘高を始めとする私学高校出身者に独占される、親の年収1000万以上の東大生に期待することは全くないと言わなくてはならないだろう。日本は、文字通りの学歴社会になっていることを弁えている人はいない。政治家ばかりが二世・三世議員となっているのではない。また、報道メディアもそういう人間に占有されている。だから、デタラメと自己弁護に終始する見飽きた会見模様が映し出されているのである。自民党も無能であることも暴露された。戦後日本の価値観の総体的転換の時期に漸く到達したと言わなくてはならない。チャンスなのであるが、このままでは恐らく、漂流するばかりで無為に墜する可能性も大であろう。既成のクリスチャンは、このような日本人の価値観に全く関心がないか、独善的なのである。内村鑑三を乗り越えていないのである。内村の行動と言動は、まるごと信仰の証しなのであり、基督教徒になること、基督教徒であることの証しなのである。剣(つるぎ)としてではない統合=エキュメニカル運動に、どんな意味があると言うのだろうか。

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