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2011年3月

2011年3月27日 (日)

自分のことだけの人たち

20110325082343  残酷な被災状況のニュース一色から変わり、掛け声に反して、救援物資や募金はなかなか被災者には届いていない様子である。今回、唯一首が繋がったのは、他ならぬ菅内閣である。原発周辺は死の大地と化した。復旧と称して原発維持に汲々となっている間に、汚染は広がり放題。人々は退避するばかり。下請けの労働者は被爆覚悟の労働を強いられる。しかし、利権を放棄しない勢力は原発を固めようともしない。闇は深いと言わなければならない。大地を見ると、蕗の薹が顔を覗かせている。すんでの所のところに昨夜の雪。原発・震災列島に春は来るのだろうか。

 『日本のキリスト教』(古屋安雄、教文館)をほぼ読み終えたが、キリスト教伝道の熱意は理解できるが、結論が間違っている。関心はエキュメニカル運動にあり、無教会の内村鑑三(無教会主義)や日本基督教団のあり方を批判するだけでは(正鵠を射ることもあるが)何の回答にもなっていないだろう。この人は自分のことを本にしているだけのクリスチャンである。そして、それだけの本である。

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2011年3月18日 (金)

世界的・地球的・人類的災害

31138588  借りっ放しの本をしょぼしょぼ拾い読みしています。日本のキリスト教の問題点を開示する内容である。無教会、特に内村鑑三のような「武士道に接ぎ木されたキリスト教」を批判し、新渡戸稲造や賀川豊彦を評価しているようである。問題意識は、この期に及んで、なぜ日本ではキリスト教が1%に留まっているのか、ということである。このことは、キリスト教徒にとって最も根底的な課題である。また、日本のキリスト教には無限大ともいうべき宗派があり、門外漢にとって訳がわからない。また、クリスチャンの中には、日本文化や精神に対して、欧米の精神から批判して日本人のあり方を切って捨てて、何か批判したと思い込んで慢心している者もいる。日本(人)の問題なのではなく、そのような慢心が問題なのであって、そういう態度こそキリスト教が日本に根付かない理由なのであることを知らなくてはならない。このことについては次回に展開したい。

 当ブログのアクセス数が向上しているようです(これこれこれに集中しているだけ)が、これは不本意です。書き捨てブログであり、他意もなければ社会的貢献でもない。ましてや、価値がないことは断言する。無為な生活を自分なりに纏まりをつけるだけのブログなのである。このことは周知して欲しい。もう一つ言えば、東北・関東大震災は、決して日本に留まらず、世界的・地球的・人類的規模のものであることを認識するべきである。

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2011年3月12日 (土)

原発人災

20110312114000  そろそろ取り出しました(写真参照)。被災地の皆様、衷心よりお見舞い申し上げます。何度も申し上げますが、地震の際はまず身の安全を確保するためにテーブルや机などの下に潜り込むのが鉄則です(ドアや玄関を開放するのは間違いです。安全を確保してからのことです)。津波警報には、高台を直ちに目指すのが鉄則です。余震が続いているようなので、常に冷静に判断することが肝心です。米などの救援物資を送りたいと思っています(古着や賞味期限切れの商品は厳禁ということです。また、意外に現金は喜ばれるそうです)。東北の人々の安否が気がかりです。

 省みるに、国家試験のために上京した時、東京駅のあさま新幹線ホームで見上げたり、車窓から風景を眺めていると、怖ろしい所に住んだり、生活しているな、とつらつら覚えました。場所は異なるとは言え、そんな思いが現実化するとは思いも及びませんでした。三陸や茨城県沖の地震では、最も悲惨なのは原発崩壊ですが、それはまさしく二次被害であり、人災でありましょう。政府の原子力政策が批判されるべきです。原発の安全性が確保されていないのではないか、という疑念だけではなく、原子力エネルギー確保による資本主義体制にあくまでも反対という立場です。自然から収奪し破壊し、人類を滅亡まで駆り立てるこの業悪な資本主義に反対です。利潤追求が至上命題になり、人々に戦争と貧困による阿鼻叫喚をもたらします。故に帝国主義などは、自らの核の手中と他国の保有を許さず、飽くなき戦力の競争に嵌ります。反自然であり、反人類の原発に反対です。また、東北大地震による「反動と窮乏意識との握手」だけは、御免被りたい(これこれ参照)。

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2011年3月 1日 (火)

風雲急を告げる

20110227090620  いよいよ三月。風雲急を告げる、という状況で、やはり、長い冬眠から覚めなければならない。次々と撃破しなければならないので、今日はその準備のための休日である。が、息子はゼロックスカップ2011の観戦で横浜へ。フラッグタオルを眺めては悦に入っている。監督や友達に「最近、うまくなったな」と褒められて、やる気満々です。平日練習が皆勤賞です。まあ、この親ですから、スポーツ能力には疑義がありますが、何事も努力次第だから、見守りしていくしかない。好きなことをするのが一番いい。楽しまなくちゃ。ちょっと親として助言しますが、勉強の方も、よろしくお願いしますね・・・(笑)。

 世論調査協会によると、阿部長野県知事の支持率は83%ということだ。官僚出身の知事としては手堅いとは思うが、ますます長野県が魅力のない地方自治体になることは必至である。そつがないというのは面白くないということでもある。長野県民は官僚(お上)が大好きだ。天下り法人が多いだけではなく、県の行政指導や役人に対する意識と姿勢は尋常ではない。また、民間と県行政との関係は緊密で、例えば、企業名の頭に「長野」や「県」や「長野県」などとあれば、天下りを想像して間違いない。しかし、元々そうだった訳ではない。長野県民も余程のことを考えなければならない事態が来ると思っている。今や「教育県」という風聞は地に落ち、「観光県」としての魅力も消え失せるかも知れない。山紫水明だけが頼りになるのだけは避けなければならないだろう。

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