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2010年12月 4日 (土)

体育会系よ、さらば

20101129185341  久しぶりのゆっくりとした休日で、やはり寝たりしています。だらだらと(笑)。こんな自堕落で人間的な生活は、体育会系の人間には即座に否定されてしまうが、いないのが嬉しい。体育会系というのはバブル時代の申し子でして、こんな人間は鬱陶しい。とは言うものの、テレビから窺い知れる芸能界の体育会系にはウンザリする。体育会系は国粋主義者が多い。例の星○監督をはじめ多くがそうだ。芸能界と近しいし、面白くないのに馬鹿笑いする。根性と上下関係にうるさい。人間関係が密接で、権利と弁証法に疎い。恬として恥じない傾向もある。体育会系はいまでも苦手である。早くいなくなればと思う。しかしながら、こうした人間はしぶとく生き残っている。否、日本社会では、こうした人間だらけ、と断言しても構わないだろう。体育会系でなければ大規模な戦争は起こらない。北朝鮮の首元で合同軍事演習で挑発する行為を非難する国際・国内世論は全くない。単に日米関係であったものが、いつの間にか日米同盟として組み込まれて暗黙の合意になり、やがては日米軍事同盟へと発展していることに国民が危機感を抱くこともない有り様である(アメリカの狙いが○○であることは規定事実である)。野球やゴルフの競技人口が少ないにも関わらず、体育(スポーツともいう)番組のメインに据えられているのを視ると、辟易する。どこか砂漠でしてほしい。何の意味もない。嘗ての戦争を指揮した人間の経歴を査証すると体育会系が多い。必ずといって体育の猛者であったという事実が浮かび上がる。しかして、日本の体育会系は御目出度い人たちであって、何の解決策も講じられない体たらくである。高度経済成長とバブル景気時代に企業に大量採用されたが、もはや無用な人たちであろう。第一、体育会系の農民(企業)なんてキモイの一言である。日本社会を体育会系にしてはならないのである。

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