« アフリカ環境報告 | トップページ | 『究極の田んぼ』 »

2010年7月12日 (月)

現実から学ぶ

20100710170619  参院選挙の結果は最悪でした。少なくとも3年は、民衆にとって生活に苦しめられる日々が続きます。これなら民主惨敗の結果の方がマシでした。最悪とは、市場原理主義者どもの巣窟である「みんなの党」に最終的なキャスティングボードを握らせてしまったことです。この政党の偽善は、党名に如実に現れています。利害が対立する政界で、みんなの党などあり得ません。みんなの党でないのにも拘らず、みんなの党を名乗っているからです。しかも、何十億以上という選挙資金と党運営資金がどこから由来するのかという疑念があります。日本を組み敷くことを狙うアメリカ帝国主義は、これで破顔一笑というところでしょう。人心の乱れをよそに、自然の営みは健全に推移しており、稲はグングン生長しています。

32400480  「春窮」という言葉が植民地時代の朝鮮に存在したそうである。1910年に朝鮮併合などの日本帝国主義による武断政治、朝鮮支配政策の中で、貧農化・小農化した農民たちは貧窮を極めていた。麦秋(麦の収穫期)には主食が雑炊となり、草の中に砕け米がポツンポツンとある食事内容であり、生きる希望を失った朝鮮農民の貧窮を表現した言葉である(p15、p115)。この本で紹介され、評価される上甲米太郎は、全くもって朝鮮支配の植民地時代にあって、それを批判した稀有な日本人教師である(p114~p119)。朝鮮の近現代をどうとらえるかという問題では、大きく「内在的発展論」と「植民地発展論」とがあるが、ここで梶村史学を再学習してみるとするか。右翼による朝鮮人差別と民族学校襲撃が増えている現状において、必要なことだから。上甲米太郎の事績は、その限界があるにせよ、朝鮮(人)そのものや農民・農村のあり方から徹底して学ぶ姿勢こそ、彼の真面目であろう。以下も参照のこと。

長野県〈教員赤化事件〉[政]1933.2.4

 4月まで続いた長野県下の共産党・全協・コップ関係者等の大量検挙事件.被検挙者に新興教育同盟準備会や全協に連なる小学校教員等が多数いたことから,〈教員赤化事件〉と喧伝された.〈2・4事件〉とも呼ばれる.検挙総数600余人,うち教員は138人.長野県では1931年10月新興教育研究所上伊那支局,’32年2月,全協一般使用人組合教育労働部長野支部等が結成され,反動的教育思想の批判や〈修身科無産者児童教程〉作成などの実践が進展し,当局の内偵が続けられていた.この事件は,教育文化運動に対する全面的弾圧のはしりであった.〔参〕二・四事件記録刊行委員会編《抵抗の歴史》1969.《長野県史近代史料編》8巻(3),1984.

http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/khronika/1931-35/1933_02.htm

|

« アフリカ環境報告 | トップページ | 『究極の田んぼ』 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

書籍・雑誌」カテゴリの記事

朝鮮・韓国」カテゴリの記事

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/527456/35723980

この記事へのトラックバック一覧です: 現実から学ぶ:

« アフリカ環境報告 | トップページ | 『究極の田んぼ』 »