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2010年5月

2010年5月29日 (土)

沖縄とは基地である

20100516152118   沖縄について少しく言及してみよう。この間、現政権において、焦点となっている普天間基地問題である。結局、辺野古「移設」というブーメランとなり、これは沖縄県民の怒りに更に火を点けるだろう。アメリカ帝国主義の哄笑が聞こえてきそうである。事態は筋書き通りになっているからである。基本的に、アメリカの政治戦略はパワー・ポリティックスである。おそらく、日本の孤立化を目論み、東アジア情勢においてそのプレゼンスを誇示することが狙いであろう。おまけに、日本を組み敷いて無償の軍事的支援が得られるという強欲まで付いている。日本の保守反動やネトウヨの意見や考えは、飛んで火にいる夏の虫とまでに余裕のアメリカである。アメリカは沖縄を手放さない。これを手放したら、それこそ(アメリカにとっての)安全保障の問題に直結し、ひいては、佐世保や岩国という前線基地を失うことにも繋がる。「沖縄病」に罹患した本土出身者を沖縄県民(ウチナンチュー)は何と呼ぶか。やや軽蔑したニュアンスを含めてヤマトンチューと揶揄する。青い空、青い海などと風光明媚に憧れて沖縄に住み着き、余生を満喫するなどという某は度し難いヤマトンチューである。その昔、そんな沖縄フリークに、「あなたにとって、一言で言えば、沖縄とは何ですか」と尋ねたことがある。彼は三線を習い、何度も沖縄に通い詰めて、沖縄通であったが、返答に窮したのである。また、職場の一人が、ニュースを見ていて「基地で働く人もいるし、それで生活している人もいる。仕事場が無かったら困るんじゃねえか」と無駄口を叩いていた。沖縄についての無知と無関心を露呈するものである。沖縄の経済は、今では基地に依存していない。ほとんどは観光収入である。米軍基地の存在は、むしろ沖縄の発展を阻害しているのである。歴史的に、沖縄は貿易の中継基地として発展し、現在では最も人気のある観光地である。また、文化的にアジアの文化中継基地として進展が期待される。そうした基地としての沖縄が、米軍のアジア戦略基地として、沖縄と沖縄県民を苦しめている現実が露になっているのである。良くも悪くも、沖縄とは基地である、というのが結論である。そして、この軍事基地を撤去することが日本政府の役割であり、日本人が成し遂げなければならない課題であり、これへの無知と無関心のあり方そのものが沖縄差別の正体であることは言うまでもない。一体、誰が、何が平和の敵なのか。もう一度、自省しながら考えてみたいものだ。

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2010年5月20日 (木)

オトコの介護

32395798  NHKの連続ドラマ・「ゲゲゲの女房」の人気は上々ということです。主人公を演じる松下奈緒さんも美人でもあるし・・・(笑)。水木しげるが紙芝居の絵師や貸本漫画家出身であることにいささか感動した。少々ひねた少年時代でしたので、ジャンプ漫画のようなスポコンや冒険漫画には全く興味がないし、ジャンプ全盛時代には漫画読者を卒業してしまったので、当時のおどろおどろしい気味のあった少年漫画が懐かしい。結構、戦争の余韻と混乱があったので戦記漫画もいろいろとあったなあ、と感慨。

 今、日本には約100万人の男性介護者がいるという。この本は、このことのもっている意味を明らかにして、ネットワーク作りの必要を訴える内容のものである。嘗ては介護は嫁の仕事とされていた時代は様変わりし、介護者の三分の一は男性介護者の時代になっているのである。そう言えば、介護殺人・虐待の記事やニュースを見聞することが多くなってきている。加害者の約7割は男性介護者ということである。男性による「老老介護」、「子の介護」、「息子の介護」、「シングル(独身)介護」が急増しているのである。男性介護者の一番の問題なのは、失職による経済的基盤が揺らいで貧困の引き金になるということである(p27、107)。掃除や洗濯などの家事は努力次第で賄えるが、貧困化が殺人・虐待を誘引することは間違いないだろう。これに高齢化と未婚、孤立化が拍車をかけている(p106~)。同居家族がいる家庭では、基本的に、在宅介護サービスの利用制限があり、介護保険の適用外となっていることがネックとなっているのである。編著者は、家族支援者支援がこれからの介護保険の課題と訴えている。まことに尤もなことである。それから、男性介護者は、その特性を生かして、こうした介護・介護保険の改革の狼煙となる可能性があるのだとエールを送りたい。介護が女性だけの仕事だと思ったら大間違いだということでもある。

 

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2010年5月15日 (土)

新しい葡萄酒は新しい皮袋に

20100515173830  ふ~、疲れたわい。4畝も耕して種蒔きしたわい。快晴の一日、野暮用をこなしてから畑に出向く。今年は4月半ばに降雪があり、5月になっても降霜注意報が発令されているが、いくらなんでも種蒔き・苗植えはせねば、と思い立ってのことである。ここの畑は歩いて行くには遠いので、ままになっていたのである。隣地のジャガイモの葉は霜害で縮れていました。

  嫁はんは、息子のクラスの懇親会に出掛けて女同士で宴会。どうせ、男の先生の悪口雑言で盛り上がっているのだろう(笑)。そもそも、先生が同席しない懇親会など要らない。信州人は、何かにつけてこうした宴会を催したがる。貧乏人には4、5千円は痛い出費である。仄聞によれば、35人クラスの約半数ほど出席するという。PTA、区などの役が多く、行事が目白押し。おまけにむやみに出費を迫る。出なければ出不足料を徴収するという脅迫が追い打ちをかける。ほとんど、ヤクザ顔負けの恐喝である。もっとも日本社会はヤクザ社会と同等と思っているのだが・・・(笑)。田舎や地方に定住するということは、このことを予め理解しておかなければならない。ムラ社会=村落共同体なのである。自民党政権はこれに依拠してきたのである。そして人々の暮らしは疲弊したのである。戦後の相対的安定期においてはこれが通用したのであるが、現今の、ボロボロの民主党政権については、暮らし破壊の、あんな自民党政権時代は真っ平と人々は思っていて、マスゴミの扇動や保守・反動のヒトゴミにも拘らず、まだ倒閣してしないのである。まだ2割も支持率があるんかいな、と思う。新しい時代の新しい価値観が求められているのである。

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2010年5月13日 (木)

医療再生のためには

32321392  青少年向けに執筆されたである。佐久総合病院に1、2章が割かれているが、近年杞憂されている医療崩壊は、正確には、地域医療崩壊と言うべきであろう。ために、佐久病院は再構築の試みが開始されたそうである。医療・福祉の分野は慢性的な人員不足であり、特に、医師獲得のために地方は呻吟している。この対策として、医師を呼び込む方策が講じられているが、私的には、だぶつくほど多量に医師を養成されてしかるべきである、と単純に思うのであるが、これには既存の医師(会)がこぞって反対するだろう。日本社会においては、既得権と慣習を破壊するためには想像以上の障壁があるのである。民主党政権が官僚機構にメスを入れることができるかは、ほとんど蟷螂の斧になる可能性が高い。専門医療と地域医療とを両立させることは容易なことではない。さらに、地方が疲弊しているのにその中で病院ばかり近代化しているのでは、何をか況やである。高齢化と産業の衰退は、ひしひしと蔓延しつつあるのである。したがって、医療にはメディコ・ポリス構想が不可欠なのである。医師養成に限れば(第3章)、医科大学・医学部の7、8割は都市出身の資産家の子弟である。はっきり言えば、今時、低所得者層の子供は医師にはなることができないのである。学生時代、医師の卵たちの飲み会に参加したことがあるが、こちらは千円のお金にも事欠く有様だったが、彼らは親名義のカードもしくは小切手払いである。他学部への関心もなければ、一般教養もない。また、医師自身が社会的経験もないし社会人からの入学もなく、風通しが悪い。一種の特権階層を形成しているのである。医師になる人の志向は、金か志かのどちらかである。地方の医療を崩壊させないためには、制度的な解決だけではなく、後者の、志のある医師を集結させるか、自前で養成するしかないのである(無論、志だけに依存することは、当該の医師を酷使・疲弊させるばかりであることは言うまでもない)。

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2010年5月 4日 (火)

想像力欠如の時代

20100504192908  だらだらと一日を過ごしました。寝るのが大好きなので昼寝をしました。川中島平の農家では、昔から、春の彼岸から秋の彼岸まで、お昼寝をする習慣でした。だから、夕刻になって野菜の苗植えをしました。今年は野菜が高値ということで、節約志向のかみさん命令でもあります。ついでに花も。今年は天候不順ということもあり、又、休日は曇りもしくは雨模様で、久しぶりに休日の晴天になり、やっとのことでの農作業でありました。

 このところの関心は、NHKの朝の連続ドラマ、「ゲゲゲの女房」であります。小学生の時、鬼太郎の似顔絵を講談社に送ったところ、入選してゲゲゲの鬼太郎のソノシートを貰ったことがあります。チャンチャンコ姿や髪型や雰囲気が似ているので、まんざら嫌でもなく、毎週読んでいました。やっぱり奇態な少年時代でした(笑)。「ゲゲゲの女房」は、ただそこにあることの幸せをテーマにしているようです。何か目的や資格や金銭のためではない生活の豊かさを訴えているようです。また、東京・調布市はゲゲゲ一色のようで、市民になると「ゲゲゲ特別住民票」を交付してくれるそうです。妖怪の街になっているようです。また、境港市はゲゲゲの街に既になっているようで、日本全国がゲゲゲの街になったらいいな、と内心思っています。そういえば、その頃の昭和には、幽霊や妖怪話があちらこちらにあったと記憶しております。比較すると、味気ない時代と世の中になったような気がします。想像力が欠如しているのではないか。そんな余裕も無くなってしまったようである。

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