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2010年3月

2010年3月30日 (火)

息子を頼む

20100323092055  再び冷え込み始めましたが、桜前線はもう直ぐです。昔から桜が咲いたら種蒔きの準備をし、桜が散る頃に種を蒔くという習わしです。日中の気温、10度が目安です。昨夜はなごり雪というべきでしょうか、うっすらと雪化粧の朝でした。二分咲きの紅梅に、雪がかかっていました。さすが日昼は晴天で、サンシュユに加えて、レンギョウも花を開きました。北信州の春が漸く到来し、花々は忙しく信濃路を駆け巡ります。歯医者さんから親戚へのご挨拶に伺い、インスタント・ラーメンを息子に食べさせてから、午後から松代ロイヤルホテルの日帰り風呂を利用しました。露天風呂からのアルプスと戸隠、飯縄の銀嶺が美しい(午前中の方が、光の加減で稜線が綺麗)。息子ともう一人の利用客の三人だけで、広い浴槽を占有してのんびりしました。息子が春休み故、何をするにしても気が散って(要するに、邪魔になって?笑)中途半端になり、気ままに集中できない。早く春休みが終って欲しい。長野県の小学生は春休みが長すぎます。これも暖房費節減の所為だろうか。自分の頃には短かったと記憶している。2月初めに寒中休みが四、五日あって分散し、春休みはこんなに長くは無かったと思う。学校の先生、早く息子のお世話をお願いします(笑)。親も忙しいのです(笑)。

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2010年3月21日 (日)

社会福祉としての介護

20100315170623  歯痛、頭痛などが襲ってきて、齢を感じる今日この頃です。毎回悩むのは歯科医。大阪で初めて自分に合った歯医者さんともお別れし(転居のため)、またぞろ悩む選択。歯科治療は忙しく、採算面での都合もあろうが、informed-consentで患者に接する歯科医が少ないのには閉口する。ここでもまた、専門職という資格に守られた尊大さに呆れるが、淘汰の時流になっているようで、いずれ改善されるかも知れない。期待薄だが。ボロボロにされた恨みは根深いぞ(笑)。昨日は気温が20度を越えたようで、生温かった。身体はまだ、冬の寒さの感覚がまだ残っている。そして、今日は風が強く、朝から黄砂で視界が3㌔程度しかない。

32381351  この四月一日で、介護保険がスタートして十年になる。急速で前例のない超高齢社会の到来を前にして、かろうじて発足した制度だが、問題点が多い。特に2005年の制度改悪は、財源論に押されて「介護の社会化」を後退させるものであった。小泉政権による「介護給付適正化事業」の問題点等が、逐一、著者によって詳細に例示されている。元々、消費税は福祉目的税であった筈だが、自・公政権は嘘をついただけでなく、小さな政府という新自由主義政策を掲げて弱きを挫いてきたことで、政権を追われたのである。資料と図表と現場の声が豊富であるために、この本を読めば、介護保険制度と介護クライシスの現状の概略が理解できる。ただ、著者がより良い介護保険制度を望む論拠として、人としての「情」や現場の「志」からの視点(p88、115、231)を持ち出しているが、それでは財源論に打ち勝つことができないのではないか。人間の尊厳という哲学的立脚点や憲法(25条)という法律的視座が必要だろう。それがあってこそ、介護とは社会保険ではなく、社会福祉である(p18、154)ということになり、利用者の権利が守られるのでないか、と思う。

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2010年3月15日 (月)

『民主主義がアフリカ経済を殺す』のか?

20100312080512 久しぶりに氷霧を目にしました。松本への出張の途次です。信州の気候は今、一進一退の鬩ぎ合いです。これを「三寒四温」という言葉で表現されますが、嫁はんの地方では使わず、多少驚いたということです。風向きが生温かい南風に変化したり、日差しが家屋を覆い始めます。地面はぬかるみ、ロゼットが立ち上がり始めます。フキノトウが膨らみ、イヌノフグリの可憐な花が開き始めます。しかし、柏の葉はまだ、その茶色の葉を落としていません。もう少しですね。

32365780  最貧国を捉え続ける紛争、天然資源、内陸国、小国における悪いガバナンス(統治)という四つの罠を指摘したポール・コリアーの新著が上梓された。タイトルに惹かれて早速紐解いたが、どうにも読みにくくて難儀した。調べれば分かるのだが、アカウンタビリティー、デモクレイジー、ダブルスタンダード、インセンティブ、スピルオーバーなど、分かる?また、回りくどい日本語訳文とタイトルのミスリードで、訳(わけ?やく?)が分からない(己が使っているじゃないかというツッコミが入りそうですが。笑)。翻訳本は最初と最後を読み取ればよい、という鉄則を今回も使って吟味すると(序章と第十章)、著者は民主主義を否定していない。それどころか、民主主義を推奨し、最貧国における、そのための可能性と方法を論じて提言しているのである(p18)。したがって、表題は読者に誤解と先入見を与えてしまう。少なくとも、「見せかけの(民主主義)」という修辞が必要である。更に、取ってつけた「(アフリカ)経済」という字句は、著者が経済学者であるということもあろうが、経済そのものを具体的に論じているものではない。彼の脳裏にあるのは、国際平和という目標であり、国際社会の防衛である。彼は、著者紹介にあるように、世界銀行に勤め、イギリス政府顧問を歴任し、開発経済学の世界的権威といわれるオクスフォード大学教授である。立場、地位、職種・職歴はその人の真意である。これを忘れてはならない。その言論はフリーではないのである。さて、彼の最貧国(特にアフリカ諸国)の現状認識は、要約すれば、政治的暴力が蔓延して民主主義の基盤がなく、安易な民主化は逆に妨げとなっているということである(p14、他)。彼によれば、開発援助費の約11%が軍事費に漏れ、最貧国においては、援助費の約40%が軍事費に化けている(p150、293)。そのため、民衆は一日7ドルで生活している状況である(p28)。次に、彼の問題意識は、最貧国における独裁を許している誤りがあるということである(p15)。それは、民族的多様性に目を奪われて、国家としてのアイデンティティーを構築することに成功していないという指摘である。即時的な援助支援による経済復興は、あくまでも出口戦略であって、21世紀の戦争である内戦を封じ込めなければならないと考えるのである。最後に、そのためには、軍事的な介入をも辞さず、最貧国における政治的暴力やクーデターを制御して、民族国家としてのアイデンティティーを構築させなければならない(国民意識の創成)と提言する(p17、244)。ところで、著者の中心的な提言に見られるものは、国際社会の介入である。そしてそれは、実際的には国連というよりは、帝国主義側のそれという疑念がある。著者の経歴がそれを物語っている。彼自身も「綱渡り的な提言」(p17)と自白しているが、彼のアフリカ諸国における政治・民族・経済的分析も、帝国主義側からの目線に溢れている。新自由主義と経済のグローバル化という現況に則した見方と断ずる他はない。そういう意味では、本のタイトルは、あながち、内容を誤解していないのかも知れない。更に翻って、「先進国」における貧困化という問題を考える時、その問題は更に根深いと言わなくてはならないだろう。これ以外の批評は、何れかの日にということで、コリアーの次著であろう「一次産品の高騰と中国の影響」(p312)への言及を待ちたい。

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2010年3月 6日 (土)

近代からの離脱

20100306081856  梅の蕾が膨らみ始めています。昨年は花一輪でしたが、今年はもう少し楽しめそうです。桜の蕾はまだ固く、(私のように)よく眠っています。一昨日に覆っていた藁を開いたばかりで、今年こそは開花を願うばかりですが、お隣の子どもが雪遊びで枝を折っていては(怒)、期待は薄いです。

 最近思うのですが、当ブログのアクセスが、意に反して上昇しているようです。こんな過疎ブログに関心を持たれてくれる希代な方がおられるようですが、期待は大体裏切られるのが通常ですので(笑)、気長にお付き合い下さい(特段、付き合ってくれる必要もないのですが・・・笑)。時代は今や、ブログよりSNSからTwitterへと人気が移行しているようで、つぶやき人口は拡大傾向です。人の呟きを追いかけてみても、自分の仕事が怠慢になる可能性もあり、技術や情報メディアが発達してもその真偽を見究める技量が当然必要になるのであって、おちおち生活している(寝ている?)訳には行かない事態が予想されるので、当面は静観することにしている。しかしながら、社会の上層部から見れば、人びとを追い立てるのは収奪のために必要なのであって、こうして資本主義は全地球を破壊と破滅へと導いているのでしょう。希望という言葉は、その危機感を隠蔽する役割を果たしているようですが、裸の王様の比喩がありますが、誰も今、そのことを暴き切る人はいない。中国の経済成長は日本を追い抜いて世界第二位になりましたが、こんなことは予想されたことであって、相も変わらず、経済成長神話や進歩史観が大勢を占めています。何も近代は超克されていないのである。個人的には近代を超克するのは不可能というべきで、離脱するしかないのではないか。

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2010年3月 1日 (月)

胎動への注視

20100224115134  桜並木が春の準備をしています。大地震で、チリは大変な被害を受けているようで、災害支援が早急に求められています。チリは同時に、1973年のピノチェト等による軍事クーデターとその後の軍政によって、メチャメチャにされました。それは、「ミルトン・フリードマンらのシカゴ学派に基づく新自由主義経済政策を教科書通りに導入した。このことをフリードマン本人は「チリの奇跡」と呼び賞賛したが、・・・貧富の差は急激に拡大」(Wiki参照)とあるように、市場主義自由経済政策の犠牲となった国でもある。既に、1970年後半から80年代には、シカゴ学派の帰趨は明白になっていたのであるが、日本では中曽根政権以降はその後追いをしただけである。当時、シカゴ大学の教授を務めた宇沢弘文氏は、アメリカ・CIAを後ろ盾にした軍事クーデターでアジェンデ大統領が虐殺されたニュースを聞いた市場原理主義者たちが歓声を上げたことに反発して、シカゴ大学と絶縁したそうである(『はじまっている未来』、信濃毎日新聞2月28日号参照)。市場原理主義者たちは、世界中に害悪を撒き散らして未だにそこかしこに生息している。このところの自民党の衰滅は、一度ならず、こうした経済政策を採用したことによるのであり、そのことに気づかないことがより一層自滅的なのである。ただし、「共生経済」といっても、経済学者の言は信用ならないのであり、彼もまた、成田闘争にあるように、農民圧殺のための政府の片棒を担いだ張本人であることを知っておいてよい。今は、ただただ、民衆の中にある、かそけき動向に関心を向けて沈潜する日々である。

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