信州の葬式風景
親戚の葬儀に参列しました。亡き母の親友の小母さんが急逝されたからです。通夜→納棺→出棺→火葬→葬儀→お斎→数珠回し(左参考写真)と続きます。合間に出てくるお煮かけを頂きました。ビタミンちくわや油揚げ、野菜などの旨味が交じり合って、何十年ぶりの味を満喫しました。おっしゃん達(後期高齢者世代)は、故人の追想はなく、昔話や世間話、地球温暖化で当地でもミカンを作るようになるのではないか、子供が少なくなった、景気はもう良くはならない、日本には資源がない、地区や役職を嘆いたり、オリンピックの話など、話題が広範で、取りとめもなくコメントされて行く。何十年前のあり方と同じだわなあ、と内心苦笑しながら会話の輪の中に入る(こういう意見もある)。おとこしょ(男衆)はお勝手仕事はせず、座敷でお茶や酒を飲み、食べ続ける男尊女卑の風習も相変わらずである。しかし気が付いたことは、会話の中に入っているのは彼らの子の世代までで、それ以下の世代は誰一人いないことであった。この断絶感は何なのだろうか。その昔、冠婚葬祭は一里四方と言われた時代があった。山に囲まれて生涯を閉じるのが当り前であった。そうではない自分に何ができるのか、何をすべきなのかに思いを巡らす一時であった。小母さんは旅行をするのが楽しみであったそうである。そう言えば、その伴には、常にお互いに笑い合う母がいたのであった。ご冥福をお祈りいたします。
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