« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月

2010年2月26日 (金)

懐疑主義の現状

20100224102057  この二、三日、春の陽気になり、寒く感じません。気も緩みます。フキノトウが顔を出し始めました。そして、触手も伸び始めます(笑)。景気の後退、精神的荒廃、環境破壊を憂えてみても、自然の摂理と変転には変りがない。政治的には、ボナパっているだけで自民も民主も同根なのである。いずれにしても、こんな時季のような状態が続き、懐疑主義的にならざるを得ません。無責任ながら、反動的な集約にならないことを願うばかりである。

  21日のこども食料セッションで、鳩山首相は「引退後は農業やりたい」と明らかにしたそうである。その後、政界から足を洗うという訳ではないと予防線を張ったということだが、この発言は農業・農民を軽視したものである。農業は生業ではない、老後の慰めものという位置づけである。しかも、食料自給率を高める趣旨の会場で、未来を担う子どもの手前であることも酷いと評価せざるを得ない。何重にも酷評されるべき発言である。そして、農業のもっている意味すら知らないのではないかと疑うべきものである。現在の農業ブームも、テレビや雑誌の中でのブームに過ぎない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月20日 (土)

『しのびよる破局』

32247293  辺見庸氏は、己れの死を準備しているかのようである。『自分自身への審問』も『しのびよる破局』も、遺書というべきかも知れない。『破局』の中で、彼は繰り返し「人間とはなにか、人間はどうあるべきか」を自問している。ここで言う「破局とは、資本主義経済のそれだけではなく、・・・かつてないディスオリエンテーション(失見当識)と、深まる一方の荒みの状態」(p163)のことである。今、誰もが社会的に、地球的に行き詰まり感や閉塞感を感じ始めているのではないか。このような状況下で、辺見の思いと見方は一つの鋭角的な切れ味を見せている。金融危機だけでなく、人間の価値観もまたパンデミック(汎発流行)になっている、というのである。1991年のソ連崩壊に伴って、資本(帝国)主義は暴走を開始した。彼は、資本主義を<人びとを病むべく導きながら、健やかにと命じる>システム、即ち、人間生体強制装置と断じている(p17)。『資本論』でマルクスの展開した労働力の商品化だけでなく、生体が端末化し、思考することもなく欲望に翻弄されるあり方への危機意識である。2008年の無差別殺傷事件はその一現象である。景気が回復すればいい、などという緩慢なことを論じているのではないのである。彼によれば、資本主義は「人類の歴史が無意識につくってきた駄作」(p95)である。しかし今や、帝国主義は人間だけでなく(戦争と貧困)、生態系や地球までも破壊尽くそうとしているのである。ちょっと考えれば、エコというのなら、車に乗らずに自転車などを利用すればいいのである。人は価値観が転倒していることに気が付かない。この状況を彼は「無意識の荒み」(p85など)と捉えている。それでも彼は、自らの言葉が宙吊りであることを自覚しながら、自分の痛みから他への痛みへと希望を繋いでいる。破局を眼前にする今、人類は新しい何かを作るチャンスが到来しているとも言えるだろう。しかし、それは最後のそれかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1/2成人式へのメッセージ

20100219184056  本日は、僭越ながら、私が保護者の皆さんを代表してメッセージを述べさせて頂きます。
 まず、○○式を迎えた皆さん、おめでとうございます。皆さんの詩を聴き、改めて感動いたしました。まるで、二年後の卒業式のようです。この十年間は、皆さんには思い出がいっぱいあると思います。楽しかったこと、嬉しかったこと、悲しかったこと、悔しかったことなどの、宝物のような思い出とともに、大人への道を踏み出しています。いろんなことを頑張っていますね。
 世界に目を向けると、食べることに困ったり、学校にも行けなかったり、友だちと遊べない子供たちがたくさんいます。また今、バンクーバー・オリンピックで選手たちが活躍しています。オリンピックで競技ができるようになるためには何が大事だ思いますか。きびしい日々の練習と心の鍛錬です。そして、選手を支える多くの人たちがいるのです。それは皆さんも同じです。今ここに、皆さんがこの式を迎えることができたのも、今まで、ご家族や先生方などの、いろんな人の支えがあったからです。自分が生きていることは、当り前なことではありません。だから、そのことに感謝して、自分だけでなく、人のためにもできること、世の中や世界や地球のためにできることなども考え、目の前にあることに集中して努力しましょう。もちろん、困ったり難しいことがあるかも知れません。でも、それを乗り越えていった時、喜びや希望が必ず待っていると思います。そして、乗り越えたことが自信となって生きていく力となることでしょう。
 十年一区切り、という言い回しがあります。今日のこの式を一区切りとして、新たな出発点と思って、四月からの新しいクラスでも、勉強だけでなく、人としてますます成長してゆきましょう。私たちも、親として、皆さんといっしょに成長してゆきたいと思います。ありがとうございました。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月17日 (水)

信州の葬式風景

Okanoe1_2  親戚の葬儀に参列しました。亡き母の親友の小母さんが急逝されたからです。通夜→納棺→出棺→火葬→葬儀→お斎→数珠回し(左参考写真)と続きます。合間に出てくるお煮かけを頂きました。ビタミンちくわや油揚げ、野菜などの旨味が交じり合って、何十年ぶりの味を満喫しました。おっしゃん達(後期高齢者世代)は、故人の追想はなく、昔話や世間話、地球温暖化で当地でもミカンを作るようになるのではないか、子供が少なくなった、景気はもう良くはならない、日本には資源がない、地区や役職を嘆いたり、オリンピックの話など、話題が広範で、取りとめもなくコメントされて行く。何十年前のあり方と同じだわなあ、と内心苦笑しながら会話の輪の中に入る(こういう意見もある)。おとこしょ(男衆)はお勝手仕事はせず、座敷でお茶や酒を飲み、食べ続ける男尊女卑の風習も相変わらずである。しかし気が付いたことは、会話の中に入っているのは彼らの子の世代までで、それ以下の世代は誰一人いないことであった。この断絶感は何なのだろうか。その昔、冠婚葬祭は一里四方と言われた時代があった。山に囲まれて生涯を閉じるのが当り前であった。そうではない自分に何ができるのか、何をすべきなのかに思いを巡らす一時であった。小母さんは旅行をするのが楽しみであったそうである。そう言えば、その伴には、常にお互いに笑い合う母がいたのであった。ご冥福をお祈りいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月13日 (土)

垂れ流されるもの

32228524  しばらく前にインフルエンザ禍で流行ったパンデミック。辺見庸にも前から気に留めていたが(未だ読んだことがない)、彼が頻繁に使用することもあってこれを図書館で借用してきました。新聞もテレビなどのマスメディアも、近年その劣化は激しい。虚報が当り前、洗脳キャンペーンとバラエティだらけで、購読も視聴もしていない。バンクーバー・オリンピックが始まって、ニッポンと金メダルの連呼が開始され、ウンザリする。消え入りたい思いである。『日本の農業を考える』を読んでいたら、はたと腑に落ちたことがあった。「佐久総合病院名誉院長の松島松翠は、いくつかの疫学的調査から、他とくらべて農民には、悪性リンパ腫、白血病、多発性骨髄腫が多く見られる」(p121)とあった。母は正しく悪性リンパ腫で生涯を閉じた。消毒によって母はよく、目がチカチカする、手がしびれる、足(の関節)が痛い、皮膚がかぶれると訴えていた。防除暦による農薬散布や空中散布は、それまでのあり方が一変して人身や自然を破壊しまくった。見せかけの繁栄の裏は、文字通りの「沈黙の春」になってしまった。タニシもどじょうも蛍もいない。河川は生物のねぐらでもあったものが、単なる泥水が流れる用水路となってしまった。そんなこんなで、今晩は早く寝ることにする!(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月 9日 (火)

可もなく不可もなく

20100209103707  東京の叔父さんから徳島みかんを頂きました。一個で充分な大玉です。干し柿・野沢菜などの信州自家製詰め合わせセットのお返しです。70歳も過ぎてあちこち身体にガタがきているようですが、大病もなく健康な様子とのこと。何十年も上京することはなくなって、都会がどうなっているのか併せて伺いたいのだが、hand-to-mouthの生活ゆえ、どうにもならない。仄聞したところによると、飲食業の不況も激しく、客数が一時期の四、五割減で、ぎりぎりの経営ということです。とりあえず職があり、食糧確保できる現況は、まだ可もなく不可もなくと言えるのか。

20100205200715  息子の就寝時間は八時過ぎである。九時には夢の世界にいる。クラスの就寝時間のアンケートがあり、彼が事実を率直に表明したら、驚きをもって受けとめられたそうである。アンケートそのものの選択肢が、九時から十時半の中からであったからである。私の小学生時代(1960年代)は、夏場は兎も角、冬場はテレビ等の娯楽はなく、ラジオを聴いている内に自然に睡魔は襲ってきて、九時には眠りに就いたものである。その代わり朝は早く、雑巾がけや牛乳配達や朝採り野菜の運搬などの朝めし前のお手伝いをしていたものである。屋外での遊びにも夢中で、心身の疲れもあって眠気に弱く、未だに5秒もかからないデジタル入眠生活である(覚醒は遅いのであるが)。だから、嫁はんにも呆れられている次第である。息子の話では、九時台が平均のようで、中には十二時に眠る子どもがいるそうである。そこで、彼はそのことを恥と受けとめたらしく、就寝前に泣きが見られた。「遅くまで起きているのにあの子は頭がいい」(おいおい!)などと不平を鳴らしていた。いろいろと悩んでいるようだが、オヤジを見習って、健康一番でさっさと寝ましょうよ(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月 5日 (金)

パンドラの箱

32253286  アフリカ人の意見も傾聴しなければならない。という訳で、この本を読んでみました。ディアスポラ(διασπορά)とは、主として離散したユダヤ人について謂いではあるが、アフリカ人もまた15世紀以降の奴隷(三角)貿易によって世界中に離散している。今次のハイチ地震は、人々を益々混乱の局地に追い込んでいる。ハイチ共和国は、アフリカ以外で初の黒人による共和国である。この本を読むと、ヨーロッパ人は「パンドラの箱」を開けてしまったようにも思える。それは希望か絶望か分からない。コンゴ人神父であるムンシ・ヴァンジラ・ロジェ氏がアフリカ点描において寄稿(p60~80)している内容を精査してみた。タイトルは、「コンゴはどうして貧しいかー新植民地主義とアフリカの未来」となっている。先ず、「コンゴは豊かな国である。なのに、とても貧しい。つまりコンゴの富を誰かが奪っているのだ」(p61)という見立である。彼はその原因を「先進諸国による資源の争奪戦」(p64)と暗示している。モブツ政権を支援したアメリカ、新植民地主義による西欧の支配を論じている。新植民地主義とは、アフリカ人に多いものの考え方という、少数の指導者に多数派を周縁化させる方策である(p71)。だから、内戦も内乱もアフリカ人同士のものではなく、新植民地主義の戦争であるという。内乱と騒乱は支配のためには都合がいいのである。彼は、「もともとコンゴの人々は、この世の人生をとても尊重していて、人生をよく生きることを大切にしている。殺し合いなどもってのほか、みんながひとつになって生きる『輪』を重んじるという考え方が強くある」(p73)と述べている。このアフリカ社会のあり方は重要な特性で、忘れてはならないことである。その昔から、アフリカ人が戦乱に明け暮れたという歴史的事実はない。新植民地主義による支配によって、ミドルクラスが消失し、強権支配と依存体質の様相を呈している。彼は、アフリカ人が「自国のことを自国で考える方法(自主統治)を学ばなくてはならない」(p80)のであり、そのためにも教育が必要なのであると結論している。武器や恵み援助ではなく、具体的な教育援助なのである。農業も自立と自活のために役に立つだろう。人類の揺籃地であるアフリカについて考える時、このこともまた、肝要である。アフリカ問題とは、自分自身の問題でもあるのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年2月 2日 (火)

寝られない漬物

004215_2  人間の記憶というものは、やはりというべきか、自分に都合よく脳裏に記銘されるらしい。この本は、20歳台に読んだと勘違いしていたが、正確には1987年の出版ということだ。その頃普及され始めた、牛丼には紅しょうが(貧乏学生であったので山盛りにしたり、ごはんに混ぜ込んで食したものである)、ほか弁には桜漬が添えられてきたのである。紅しょうがや桜漬は、塩蔵したしょうがや大根を調味付けしただけの、手軽で安価な漬物である。だから、見た目の良さもあってコンビニ弁当にも申し訳なさそうに入っているのである。「日本人の色に敏感、香りに鈍感という性格」(p127)を諸に表している。温められた弁当の桜漬なんて食べられたものではない(笑)。これらはまさしく「新つけもの」である。「新つけもの」とは、1965年頃からの低塩化の流れで、1975年頃からの低塩化の加速でできた調味液中心の新しいつけもので、伝統的な漬物とは製法や味覚がやや異なる。著者によれば、漬物は保存食品から嗜好食品へと転じているというのである。しかしそれも、全漬連の統計よれば、2000年頃から、生産量も消費量も縮小傾向が顕著ということである。この理由は、主に食の欧米化と米離れが大きいだろう(『旅の手帖』2008年2月号参照)。一時期テレビCMなどで柴漬けが売れたり、キュウリの漬物が流行ったりしたが、近年は漬物の生産量の三分の一はキムチになって、伝統的な漬物は肩身の狭いものになっている。当地長野においては、漬物といえば、野沢菜漬と木曽すんきである。意外なのは、塩丸イカである。野沢菜漬は、本書で日本三大菜漬と称されているが、今回でも、劈頭で菜漬の章を割いている理由がよく分からない。著者の趣向なのか、伝統漬物の代表例と思案してか、分からない。そして、野沢菜漬は末尾の「漬物ベストテン」(p208)にも入っていない。いよいよ不明である。眠るのが大好きだが、当分寝られそうもない(笑)。これも参照。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »