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2010年1月 9日 (土)

現代の監獄

20100109122620  昨冬と同様に、飯縄高原スキー場で遊びました。それなりに楽しいのですが、この歳でスキーもなく、息子が学校でのスキーということで、その練習の付き合いです。学校での集団スキーはやめにしてもらいたい。家族で楽しめばいいと思う。その内、学校での集団ゴルフなんて時代が到来して、あの何とか何とかという最少年賞金王に、どの親まで付き合わされたらたまらない。長野県の中学校では集団登山なんてありまして、私も燕岳に登らされました。ただ疲れたことと見晴らしがいいな、と思っただけでした。長野県に籠っていないで、例えば北海道とか韓国とか、武者修行・修学旅行に出た方がいいに決っています。長野県の青少年よ、見聞を広めよ、と訴えたい。

 疲れたので車中で『ウンコ・シッコの介護学』をバッグから取り出して読み始めました。三好春樹さんは、どこかの本で、介護の仕事は素人の方が向いている、と述べています。しかし、それとは逆に、最近では「介護の専門性」ということが志向され、介護福祉士の国家資格が、介護の専門学校を卒業した者ですらも自動的に取れなくなりました。介護のプロを自称する者も増えつつあります。そうなると、益々介護を職業として選択する若者が少なくなります。確かに、現在介護福祉士の資格を保有する者達には、内実が寒々したものがあります。専門的に学んだ者こそ、他者を指示したり、当事者を疎外していることに気づかないことが多いのです。大正や昭和初期の戦前生れの人のことなんて、まるで分かっていないのです。酷い介護のプロの中には、お年寄りを笑わすことだけに執念する者もいます。また、オムツの中に排便することが当り前になっている世界でもあります。資格の要件を厳正にすることに血道をあげるのではなく、むしろ、介護・医療の世界に当り前の社会性や地域性を注入しなければなりません。上記の本の中で、三好氏は、「資格で守られている人は、自分から変わるということはない」(p89)と強調しています。最近のテレビドラマは、医療関係のものが多くなっていますが、あんなものは現実とは程遠いものと断じなければなりません。地域みんなが総体として介入し、意見をいうような介護・医療にならなければ何の意味もありません。資格に閉ざされ、地域社会から閉ざされた介護と医療とは、まさしく利用者や患者にとって、監獄そのものであり、弱みを逆手に取った人間支配の最終形態と言わなければなりません。

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