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2010年1月

2010年1月28日 (木)

気分は上々

20100128095158  長い鼻毛を抜いたら鼻風邪を引いたよ(笑)。鼻水がズルズルとして、悪寒を感じる。が、気分は上々。昨夜帰宅すると、ドイツから友人の寒中見舞いを受け取ったのだ。在外研究との由。寒さにめげず精進している様子。相変わらずの旧仮名遣いで、「お互ひがんばりませう」とあった。お互い夢を持って切磋琢磨した間柄である。また、お互い不遇の多い青春期だったとも言えるだろう。不運の中、ただ只管に専心してきた彼を尊敬している。唯一してあげたことは、参考書の、自前の索引集を献上したことぐらいだ。自分のような劣等生と違って、バイトを掛け持ちしながら研究に勤しんだ成果と才能が発揮されることを当地から祈願している。

20100127193427  あまおう、ですな。息子は果物好きで大好物のイチゴですから、寸暇でほとんど彼の胃袋に収まりました。写真では、彼の食指が伸びています。実は、嫁はんが商品券が当たったので、デパートで購入してきたもの。でかいです。ハート型です。で、お味は?というと、拝借して一つ味わいました。甘酸っぱかったです。多分、完熟していないのであろう。冷蔵庫から出して、少し外気に晒した方がよかったのかも。名の由来は、「あ」かい、「ま」るい、「お」おきい、「う」まい、だそうです。しかしながら、日本の品種改良技術は偉大ですなあ。今期はイチゴを栽培することに即決心しました。種取り技術も身に付けにゃあ。いろいろ構想しながら味わいました。ちなみに、息子の胃袋は大満足だったそうです。「あまおう」ではないが、一応、イチゴは果物ではなく、野菜です。生産者から見たら野菜、流通業者や消費者から見たら果物ということでしょう。

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2010年1月22日 (金)

大寒を過ぎて

20100122121825  車の名義変更のために運輸局に。これでローンが完済。次は・・・という具合で返済が続く(悲哀)。死ぬまでには何とかなるやろ、と楽観的になっているが・・・。局からは、雪嶺の飯縄と黒姫の山並みが遠望できる。長野大橋辺りでは、善光寺平が見晴るかすことができ、北アルプスや志賀高原などの峰々の白銀が美しい。帰ってきてからは、コタツにしがみ付いて『まちがいだらけの片まひリハビリ』を読み続ける。理学療法と作業療法(園芸療法)とは関心があるのだが、やはり、そこまでは手が回らない。三好氏の核心点は、動作の介助だけでなく、生活そのものを介助するということ(生活的リハビリ)である。そして、介護の介は「媒介の介」であって、介護される人を受身にして意欲を奪う「介入の介」ではないということである(p136~137)。「リハビリが幻想だというところから、介護は始まります」(p31)という一文は、言い得て至言である。

20100116111507  丼に山盛りの野沢菜。御飯の時だけではなく、これがお茶請けになって、隣近所とお喋りを楽しむのが30年前頃の当地の習いであった(その横には、息子の好物の山くらげが少々残っている)。冬季を通じて毎日、母が凍みた大樽から出してきていました。時には菜っ葉に氷が付随していたこともありました。しかし今では、御飯の時以外はコーヒーが中心で、揚げ物のお菓子をボリボリ食べるのが普通です。野沢菜をつける人も少なくなり、スーパーで購入するものになってきています。野沢菜は漬物の王様、と固く信じています。しかし、漬物王国は東の山形と西の京都であります。

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2010年1月20日 (水)

大変な世界

31208292  「力愛不二(りきあいふに)」とは、少林寺拳法の教えであり、「力とは暴力ではない。自分を守り、人を諭すためにあるものだ。愛を持った力こそ真の強さである」(p25)というものである。この見地からする、型破りの介護アドバイザーによる上梓本である。出会いは医療器具会社の樋口社長と「生活リハビリクラブ」である。青山氏のスタンスは、とにかく「自分が楽しいことをする」(p48)と「やりたいことをやる」(p262)である。介護業界を変革するためには、摩擦も多いこともあり、こうした外部からの人士が必要不可欠である。そして、実際に変革するためには、初心=当り前なことを忘れてはならないことと、同じ意思をもつ同志を募ることが必要である。そうでなければ必ず介護はお世話になり、利用者の意向を封じ込めてしまう。共に生きるとはならない。介護施設では余計なお世話が多すぎる。「自立支援」を掲げながら「他者支援」=お世話になっていることが多い。「安静看護」はこれに拍車をかける。離床と排泄(オムツ外し)の重要性を再認識した本である。介護の世界では人(高齢者や障がい者)が好きでなければ勤まらないが、著者がいかに好きであることがよく分かる内容である。いささか度を越して勇み足になっているように見えることもあるが、風雲児には付きものであろう。このところの小沢幹事長の政治資金問題は、検察を始め、政権打倒のための諸勢力の意図的策動であることと相似している。両者とも大変な世界である。

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2010年1月16日 (土)

自給をとりもどすこと

31366203 おそらく、基幹的農業従事者の平均年齢は、今年度は70歳前後になっているのではないか。75歳位で農作業をするのには無理が出るので、5年もしくは遅くとも10年後には日本の農業は壊滅的になると予想している。『農協の大罪』の著者・山下氏のように、グローバル経済に立ち向かえる強い農業を志向すべし、という主張は、机上の理論に過ぎない。一見グローバルな思考に見えるが、実は破滅的な理論である。グローバル経済が何の、誰のためなのかが分かっていないし、風土に根差す各国(日本)農業の実態が理解できていないし、農業を一面的にしか捉えていないからである。だから、食の安全問題や環境問題などには触れていない。むしろ、農業を机上から単純化することこそ、山下氏の大罪とも言わなければならないだろう(だからと言って、農協の肩を持つわけではない)。そうした論者は、食糧がなければ輸入すればいいのだ、と最後には必ず開き直るであろう。この本は青少年向けに日本の農業の現状と農史を概略的に説明し、もうひとつの農業を展望している。その中でのヒントは、「農業の近代化は、農民の仕事を奪い、自己決定の範囲をせばめてしまう過程であった。自給をとりもどすことは、近代化でやせ細った農業が全体性をとりもどし、農民が主体性をとりもどす道だ」(p64)という文言である。消費者も、安ければいいと考えずに(苦労して生産した農産物が、店頭販売価格の10分の1程度しか農民の手に残らないことを知っている人は少ないだろう)、農業に関心と関わりを持ち、自ら生産主体として自給してみてはどうだろうか。そうした契機と気づきは、全国各地に澎湃と湧き起こりつつある昨今である。 

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2010年1月13日 (水)

We're in War

32287669_2  『ルポ資源大陸アフリカ』によれば、今のアフリカは「グローバル時代の新しい地域紛争の姿」(p235)を呈しているという。換言すれば、副題にあるように、「貧困と繁栄が暴力という架け橋によって結ばれ始めている」(p315)ということである。架け橋という言葉は、通常ポジティブな表現に使用されるが、この場合、ネガティブな用法である。貧困は、疑いもなくアフリカの謂いである。では、繁栄の正体とは一体何なのか。さて、上記の本は、治安の崩壊・液状化にあるアフリカの現状を報告する突撃取材であり、正しく生死を賭けた「アフリカ各地の暴力の現場」(p15)ルポである。2003年をメルクマールとして、アフリカは中国の参入もあって経済成長に転じている。本年は、奇しくも南アフリカでワールドカップサッカー大会が開催される。だがそれらは、製造業と農業とが停滞もしくは縮小化の中においてである。タイトルにあるように、グローバル世界経済の渦中において、アフリカは、言うまでもなく、ダイヤ・石油・金・銅やコバルト・タンタルなどのレアメタルの資源大陸である。これらの争奪をめぐる紛争と戦争と見てよいだろう。他方、これらの暴力の連鎖の真因をアフリカの中に探る人々もいる。ロバート・ゲストもその一人である。元々、アフリカ人はそのような現況を欲しているだろうか。白戸氏が随所で言及しているように、「格差」が問題なのである。では、格差は何によって招来されたのか。それが問題なのである。資源大陸であるアフリカは、そのことによって益々不幸になっている現実を変えなければ何も解決されない。著者の視座は、「暴力が結ぶ貧困と繁栄」である。しかし、暴力は現象である。暴力の背景を見て取らなければ理解したことにはならない。この本の中でも、そのことは「おわりに」の中で触れている。オバマ米大統領は、先月末、米機テロ未遂事件についての声明において、英語に疎いこの自分でさえも分かる英語で、"We're in war." とテロとの戦いを宣言していた。

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2010年1月 9日 (土)

現代の監獄

20100109122620  昨冬と同様に、飯縄高原スキー場で遊びました。それなりに楽しいのですが、この歳でスキーもなく、息子が学校でのスキーということで、その練習の付き合いです。学校での集団スキーはやめにしてもらいたい。家族で楽しめばいいと思う。その内、学校での集団ゴルフなんて時代が到来して、あの何とか何とかという最少年賞金王に、どの親まで付き合わされたらたまらない。長野県の中学校では集団登山なんてありまして、私も燕岳に登らされました。ただ疲れたことと見晴らしがいいな、と思っただけでした。長野県に籠っていないで、例えば北海道とか韓国とか、武者修行・修学旅行に出た方がいいに決っています。長野県の青少年よ、見聞を広めよ、と訴えたい。

 疲れたので車中で『ウンコ・シッコの介護学』をバッグから取り出して読み始めました。三好春樹さんは、どこかの本で、介護の仕事は素人の方が向いている、と述べています。しかし、それとは逆に、最近では「介護の専門性」ということが志向され、介護福祉士の国家資格が、介護の専門学校を卒業した者ですらも自動的に取れなくなりました。介護のプロを自称する者も増えつつあります。そうなると、益々介護を職業として選択する若者が少なくなります。確かに、現在介護福祉士の資格を保有する者達には、内実が寒々したものがあります。専門的に学んだ者こそ、他者を指示したり、当事者を疎外していることに気づかないことが多いのです。大正や昭和初期の戦前生れの人のことなんて、まるで分かっていないのです。酷い介護のプロの中には、お年寄りを笑わすことだけに執念する者もいます。また、オムツの中に排便することが当り前になっている世界でもあります。資格の要件を厳正にすることに血道をあげるのではなく、むしろ、介護・医療の世界に当り前の社会性や地域性を注入しなければなりません。上記の本の中で、三好氏は、「資格で守られている人は、自分から変わるということはない」(p89)と強調しています。最近のテレビドラマは、医療関係のものが多くなっていますが、あんなものは現実とは程遠いものと断じなければなりません。地域みんなが総体として介入し、意見をいうような介護・医療にならなければ何の意味もありません。資格に閉ざされ、地域社会から閉ざされた介護と医療とは、まさしく利用者や患者にとって、監獄そのものであり、弱みを逆手に取った人間支配の最終形態と言わなければなりません。

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2010年1月 6日 (水)

おたや参拝

20100106145748  息子の最後の冬休みの一日。戸部のおたやに参拝致しました。子供の頃、父の背中を見ながら、暗い雪道を踏みしめて赴いた記憶があります。川中島平の新年挨拶はこれから始まります。篠ノ井から松代から親に連れられてお参りした記憶のある人も多いのです。江戸時代には、本社である伊勢参りができない北陸、新潟からの参拝客もいたということです。それ程、当地川中島平では著名であった神社です。伊勢神社にも寄進し、甲越の武将が争奪戦を競い合った肥沃な地なのです。犀川と千曲川がぶつかって、山々の水脈とミネラルを豊富に含み、気候的にも二毛作に適した土地だったからです。ぶっかき飴はありましたが、帰り道によく舐めた金太郎飴はありませんでした。人々は、無病息災、縁起かつぎのために、ここで達磨を買い求め、振る舞いの甘酒を頂きます。本来は、夜明け前に、白い吐息と湯気の立つ甘酒や暖を取る明かりなどの静謐な時空間の中で新年を祝って祈願するのが慣例でした。時代は、行事をハレとしてあることを否定しつつあるようです。何せ、この私達も車でプイと行き、サッと参拝するという横着者達ですから。風情も心掛けもありません(笑)。

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2010年1月 1日 (金)

基本に戻る新年

20100101120647  退屈な元旦なので、息子も雪だるまを作るそうな。昨日は久しぶりに「紅白」をaikoまで見て、それから即寝ました。川中島平では、元旦よりも大晦日の方が賑やかです。いわゆる「お歳取り」で、旧暦に則して、大晦日の晩に豪勢な料理と酒が居並んで、新年を迎えるというこの地方(信州?)の慣わしです(したがって、新年にはおせち料理は食べません。餅を食べるに決っています。餅もおせちも食べるというのは、地産地消という観点からも、理に適っていません。故に、大晦日は「紅白」を見ながらひっそりと各自過ごすことはありません。また当然、江戸の文化である「年越しそば」を食べません)。今では個人主義の普及のために廃れ始めているようですが、忘れてはならない風習です。並べられる料理は、「年取り魚」である焼いた紅鮭やお刺身、酢だこ鯉こく、里芋や蓮根などの野菜煮物、小豆の煮物や茶碗蒸し、そして野沢菜などです。おっと忘れた、謹賀新年(それ程、お歳取りは新年よりも重要な儀式なのです。というより、だったと言うべきか)。今年もブログを宜しくお願い致します(笑)。

32340343  『寝たきりにさせないための介護の基本』を開く。偶には、介護関係の勉強をしなくては(笑)。あすなら苑が挑戦する10の基本ケアを紹介する内容である。介護の世界では、未だにケアに対する態度や考え方や方法などが確立していない。魑魅魍魎と試行錯誤にあると言わなくてはならないだろう。このことは、利用者とその家族には知られていない。しかし、どの施設もそういう努力を怠っている訳ではないが、施設の中には疑問符を覚えるものもあるのも事実である。寮母の時代の、旧態依然の意識で働いている介護士もいれば、世間など何も知らない若い介護士もいる。介護とは「お世話」と思っているのが大半で、利用者に対して敬意と謙遜もない。してあげているという意識が見え見えである。福祉の対極にあるのは戦争である、という強烈な意識は必要と思う。

 

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